私だけ幸せでごめんなさい!という気持ち

 

今日は、少し

個人的な話をしてみます。

 

先日の記事にも書きましたが

私は、自分の書いた文章で

読者の勝手な先入観や固定観念で

 

憶測の中で

私の人物像を作られることが

大嫌いなので

 

業務上必要なこと以外

あまり個人的なことは

書いていません。

 

「そういう経験をした加納さんなら

私の気持ち、わかってくれますよね!」

とか

 

「そういう経験をした加納さんじゃあ

私の気持ち、わかりませんよね!」

とか。

 

はあ?

あなた、私を評価して

ジャッジメントして

それで、どうしたいの?

 

とは、言いません。

 

ジャッジメントしたくなるのは

白黒ハッキリして

 

相手が自分にとって

害があるか、ないかを

確認したいから。

 

安心したいからです。

 

で、トラウマ持ちさんは

「有害」と「無害」の

両極しか選べません。

 

◎◎については害があるけど

▲▲については無害、という

 

対人関係の中での

一般的なスキルや経験を

持ち合わせていないので

仕方ないのです。

 

それは、あなたの性格や

人格の問題ではなく

 

複雑性PTSDが作り出す

トラウマ症状(回避思考)だからです。

 

では、表題の話をしましょう。

 

私は、世間から見たら

とても恵まれたお嬢様でした。

 

父は、僧侶。

会社も経営。

 

母は、元海運関連のお姫様。

 

世間からは

「ご立派なご両親でおしあわせね」と

言われ続けてきました。

 

父は、虐待児だったので

感情のコントロールができず

 

今にして思えば

それは完璧なトラウマ反応でしたが

子供だった私にとっては

ただの恐怖の支配者でした。

 

母も、やはり虐待児の過去があり

それに お姫様育ちが仇(アダ)になり

恥をかかされることが大嫌い。

 

常にマウント取れないと

超不機嫌になる。

 

「恥かかせないでよね!」

「みっともない!」

「お里が知れる!」が

母の決まり文句でした。

 

20代の半ば。

私は、日本橋の◎越へ

母と一緒に

仕立て上がった着物を受け取りに

呉服売り場へ行きました。

 

そこで、たまたま

待ち合い席で同席した御婦人が

 

名家に嫁がれるお嬢様の

嫁入り衣装を受け取りに来られていて

 

 

そのお嬢さんは

私と同年代だったようで

 

母とそのご婦人は

話が弾んでいました。

 

「あら、羨ましい。ウチはまだなんですよ〜」

母のその言葉を聞いたとき

 

私は、身体中の血が凍り付くように感じて

完全に思考も身体もフリーズしてしまい

過呼吸の発作、一歩手前でした。

 

そのとき

私の頭の中で鳴り響いていた声は

「玉の輿に乗れなくて、ごめんなさい!」という

私の恐怖に震え、自分を恥いっている

悲鳴のような叫び声でした。

 

あの頃の私は

母の願い通り

玉の輿に乗れない自分は

 

人間として何の価値もないクズだと

本気で思っていました。

 

そして、私のような

何の価値もないゴミが

玉の輿に乗れるはずもないし

 

良家に選んでもらえるわけもない!と

心の底から信じて疑いませんでした。

 

お見合いしても

釣り書きの段階で却下される。

そう思っていました。

 

私の親類は、皆

私を羨ましがりました。

 

いつも、素敵な洋服や着物を着て

お姫様のように育てられて

 

何不自由のない生活で

ご立派なご両親と家柄。

 

嫉妬と羨望の的でした。

 

叔父からも

「由絵は、恵まれているんだから文句言うな!」

「ウチの××子は、大変なんだ!」と

怒鳴りつけられたり、ののしられたり。

 

今なら、

「いやいや、××子ちゃんを

大変な目にあわせてるのオジサンでしょ!」と

説教のひとつもできるでしょうが

 

子供だった私には

叔父の一言はショックでした。

 

幸せで、ごめんなさい。

ツライなんて思って、ごめんなさい。

 

そう思っていました。

 

殴られたり蹴られたり

ネグレクトを受けたり

酒乱の父親だったり

 

そんな わかりやすい虐待が

羨ましくて羨ましくて

仕方がない時期がありました。

 

で、自分で不幸になれば

「由絵ちゃんは幸せでいいわね」なんて

ひどいことを言われずに済むかな?と

 

早く死にたい

不幸になりたいと

そう思っていた時期もありました。

 

そして、何十年も経ってから

私が感じていた違和感は

「マルトリートメント 」という

虐待だったことを知りました。

 

身体的暴力もネグレクトも

性虐待も貧困も親の離婚もなかったけど

 

マルトリートメント という環境が

複雑性PTSDというトラウマを作り

子供の心(脳)と身体を

ズタズタにすることを知りました。

 

そして、今 経験から感じることは

「あなたには、わかりませんよね!」と言われたら

「わかるわけねーだろ!わかるまで、ちゃんと説明しろよ!」

ということでしょうか。

 

私は、あきらめていました。

「どうせ、わかってくれない!」って

頭から決めてかかっていた。

 

わかるまで話に付き合ってくれる人が

人生の中に

一人もいなかった過去が

あったからというのは

 

ずっと後になってから

気付いたことです。

 

虐待被害者は

みんな同じ思考パターンを持っています。

 

それは

「自分への恥と喪失感」

 

それから自分を

どう守るかは

 

その人が生きてきた

人生の歴史の中で形作られます。

 

それが、回避思考や回避行動。

 

トラウマの回復を

最も滞らせる原因です。

 

わかってもらえないから引きこもる。

傷つけられたくないから話さない。

 

世間からは

「だったら、いいわ」と

見限られる。

 

だってね、

みんな自分の人生の中で

必死に生きているのです。

 

あなたの人生のために

生きている人間なんて

この世にいません。

 

子供の頃

それを親に求めていたのなら

大間違い。

 

親は、自分の人生の中でしか

子供を育てることはできないのです。

 

あなたは、親のことを

無責任だの何だのと

恨んだりののしったり

していることでしょう。

 

が、それは

自分が親になった瞬間に

そんな言葉は言えなくなります。

 

どれほどの

プレッシャーや不安や恐怖が

親という役割にのしかかるか。

 

誰も助けてくれない子育てが

どれほど孤独で恐ろしいか。

 

あなたは、知らない。

 

親になることすら

回避したわけだから。

 

結婚も親になることも

現代では、人生の中の選択肢のひとつ。

 

選ぶも選ばないも個人の自由です。

 

でも、これだけは

言えるかもしれません。

 

自分が未経験の分野のことについて

誰かを批判する資格は

あなたにはありません。

 

親を恨む。

上等です。

お墓の中まで恨んでOKです。

 

でも忘れないで欲しい。

 

誰かが必死に生きている姿を

その尊厳を踏みにじる人は

自分の尊厳も平気で踏みにじっています。

 

あなたは誰からも

大切にされていないのでしょう。

 

そう、あなた自身からも

大切にされていないのでしょう。

 

あなたは、ツライと思って良いのです。

 

虐待というのは

「家の中に安心・安全がない」ということ。

 

大人になった今でも

その環境の中にいるのなら

なぜ、そこから出ないのか?

 

そのことを自分に問うてみてください。

 

本当に親が嫌なら

サッサと家を出るべきです。

 

そして家を出たら

親を恨んでいる暇はありません。

 

自分のことだけ考えて

自分の人生を立て直すことだけ

必死に考えてください。

 

親や家を捨ててまで

親の呪縛の中にいるのなら

ただの時間の浪費です。

 

誰かがわかってくれなきゃ

何もできないのではなく

 

あなたは、誰にも

助けも協力も求めていない。

 

どうせムダ!

どうせ無理!

どうせ、私が悪いんでしょ!

 

それ以外

考えられない

狭い思考の中にいるから。

 

で、それが

トラウマ症状だと知らず

自分が悪いと思ってる。

 

傍目から見たら

怒ってばかりの

文句ばかりのクレーマーが

あなたの人物像でしょう。

 

苦しみもがいていて

のたうちまわっている

トラウマに苦しんでいる

その姿は

 

説明するまで

誰にもわかりません。

 

それが、トラウマ症状だと

理解できるのは

ごく少数の

トラウマの知識がある人だけです。

 

だったら、あなたが

その ごく少数の人になれば良い。

 

それで、問題は解決します。

 

加納さんには

私の気持ちは、わからない?

 

そうですね。わかりません。

 

私は、あなたではありませんから。

 

自分の言葉で

自分に何が起きているのかを

自分に説明してあげてください。

 

それが

トラウマからの回復ということ。

 

工夫してみてくださいね。