どうして私のことが、そんなにわかるのですか?という質問

 

記事を書いていると

ときどき

 

「どうして

私のことが記事に書いてあるんですか!」と

 

激しいクレームを

受けることがあります。

 

「え?あなた誰?」

 

と、いつも思うのです。

 

だって、その人は

まだ会ったこともない

見ず知らずの人だから。

私が記事に書いているのは

いつも複雑性PTSDの人の

ごく一般的な状態です。

 

いわば、デフォルト。

 

テンプレート な状態しか

記事に書いていません。

 

個人相談は当然

守秘義務がありますから

 

「誰それさんが

こんなことを言っていました」なんて

絶対に記事に書かないですね。

 

では、どうして

自分のことが記事に書かれているように

感じてしまうのでしょうか?

 

それは、自分の経験や

自分の感じていたことを

他人とすり合わせをした経験が

とても少ないからです。

複雑性PTSDの人は

「こんな辛い経験をしたのは

自分くらいのものだ!」

 

「だから世間は理解してくれないのだ!」と

心の底から思っています。

 

そして、自分くらい

ダメ人間で

情けなくて

臆病で

傷付きやすくて

人付き合いが嫌いな人間はいない!と

思い込んでいます。

 

それは、なぜかというと

「複雑性PTSDの人と

お互いにそれを開示した状態で

話をした経験がないから」です。

 

開示というのは

「カミングアウト」のことです。

 

「私は、そういう人間です」と

打ち明けること。

 

これをしていなければ

自分以外の人が

どういう状態なのかわかりません。

 

で、勝手な先入観や思い込みで

相手のことを判断したり

ジャッジメントしたりして

 

「どうせ、わかりっこないわよ!

私の、この苦しかった人生のことなんか!」と

なってしまいます。

 

では、どうして

自己開示した状態で

人と話をしていないのか?というと

 

自己開示できる

安心できる場所がなかったから。

 

それだけです。

私は、代表を務める団体で

茶話会を開催しています。

 

そこには

「ツライ人」や

「ツラかった人」しか来ません。

 

自己開示する必要もないくらい

そこには、似たような経験を

した人しかいません。

 

ところが、たまにですが

「私が一番ツラかった合戦」を

したがる人が出てきます。

 

ツラサ自慢したり

つらさ比べをしても

なんの意味もないことは

おそらく承知していると思うのですが

 

「私がどれほど辛かったか!」と

言わずにはおられないのでしょう。

 

「皆さんにはわからないと思いますが」と

前置きして

「どうせ、わかりっこないよね!」で

話が終わる。

 

そういう人は

その人くらいのものだと

思われるかもしれませんが

 

複雑性PTSDの人の心理状態は

これがデフォルトです。

 

みんな一度は

ここを通ります。

 

複雑性PTSDの人が

人と接した時に

自己開示に対する不安や

 

後にくるだろう傷付きから

先に自分を守っておきたいという

回避思考の現れ。

 

誰でも、そうなる。

 

でも、自分以外の人のことを

複雑性PTSDの人は知らないので

 

いつも

「こんなの私くらいのものだ!」と

硬く信じています。

 

その信念は、強固。

 

 

と、ここまで書いてくると

 

「ほら、やっぱり!私がツラかったって

わかってくれてないじゃないですか!」と

返事が返ってくるのも、デフォルト。

 

あなたが辛くなかったなんて

誰も言っていないのに

そう聞こえるのですよね?

 

それも複雑性PTSDの人の

心理状態(現実認知)だって

知らずに

 

人間関係をこじらせている人が

とても多い。

 

苦しいですね。

 

「わかった風な口を聞くな!」と

怒り出す方もありますが

 

相手にわかったつもりになられていると

勝手に判断して腹を立ててしまうのは

複雑性PTSDの人の

現実認知にありがちなパターンです。

 

これ、認知処理療法だと

「読心術」といいます。

 

まだ、相手に何も確認していないうちから

相手の考えていることが

わかったような気になってしまうこと。

 

これ、言い換えると

世間でいうところの

HSP症状らしいですね。

 

「私、人の気持ちが わかるんです!」

「過敏だから!」

 

出た、HSP。

すごい浸透力だな、流行語。

 

そう思います。

 

複雑性PTSDの人は

虐待被害の中で

子供の頃から

周囲の空気を読むクセが訓練されているので

 

その結果、

「自分だけの真実」や

「自分だけの現実」を

心の中に作り上げてしまい

 

その仮想現実の中で

一人、悶々と苦しんで悩んでいます。

 

「どうしたの?」と聞くと

「ほっといて!」と返す。

 

「どうせ、私のことなんて

誰にもわからないんだから!」

 

この状態は、自分くらいのものだと

思っている人、ほとんどですが

トラウマから起きる

デフォルトの心理状態です。

 

でも、虐待被害者だった人は

「あなたは、特別ね」と言われたいのです。

 

誰にも自分を大切に

扱ってもらえていないから。

 

いつも雑に扱われて

自分だけ嫌な思いを

させられてきたと感じているから。

 

実際、それが虐待という

ハラスメントなわけですが

 

一番身近な親や家族から

子供時代に、

こうした被害を受け続けると

 

世の中は、皆

そういうものだという信念が

硬く根付いてしまう。

 

で、世間の人は

あなたの支援者でも親でも

カウンセラーでもないので

 

「じゃあ、いいわ。面倒くさい」

と言って去ってしまう。

 

そして、弱みにつけ込むのが巧みな

どこかの宗教の勧誘を受けて

 

いっぱい話を聞いてもらえて

「おツラかったですね」と

背中をさすってもらって

 

涙や鼻水を吹くための

ティッシュなど勧められ

 

コーヒーとかお菓子を勧められ

 

笑顔でいっぱいの

優しそうな信者さんたちに

「またお越しください。お待ちしています」

と言われ

 

気がつくと信者になっていて

布教活動しないと攻撃されるので

 

自分の子供まで巻き込むようになり

献金のために

家族の貯金に手を出し始める。。

 

のも、レアケースじゃなくて

ごく一般的です。

DV被害から逃げ出した女性が

生活苦しくなって

子供名義のカード作って

借金まみれになって

 

結果、子供が

親が作った借金のために

自分名義の借金返すために

風俗嬢になる、というのも

 

レアケースじゃなくて

お決まりのコース。

 

でも、当事者は

「そんなの自分くらいだ!」と思う。

 

で、自分だけじゃなかった!と

やっと気づくのは

風俗に入った娘たち。

 

店にいる子たち

みんな、

自分と同じような子ばかりだから。

 

そこで、はじめて

「ああそういうことか」と

あらためて絶望するのです。

 

長々書いてきましたが

では、どうしたらいいの?というと

 

「自分のことを客観的に知りなさい」

ということです。

 

自分の人生の中で

何が起きていたのか。

 

自分が感じてきたことは

どういうことだったのか?

 

なぜ、それが起きたのか?

 

そういうののことを

「自己理解」といいます。

 

わかったつもりになっているのは

周囲の人たち以上に自分自身です。

 

素直になれないのは

安心できる場所を

見つけることができなかったから。

 

自分と似た経験をした人たちと

もっとたくさん

話をしてみてください。

 

理解するとかしないとか

そんな損得は抜きにして

 

「知ること」を進めてください。

 

知ることは、理解ではありません。

 

納得です。

 

納得できるまで知ること。

 

自分のことを知らなければ

何を改善すれば良いのか

わからなくなってしまうので。

 

自分がどういう思考なのか?と

わかっていることのことを

「メタ認知」といいます。

 

トラウマからの回復に大切なことは

自分と向き合うことではなくて

 

自分の身の上に起きていた

その事実について知ることの方が先。

 

自分と向き合うのは

その後です。

 

順番、間違えると

こんがらがるので気をつけましょう。

 

わからない時は

整理してもらえる人に

助けてもらう方が早いです。

 

上手に見つけてくださいね。

 

 

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