幸せって何ですか?しあわせの意味がわからない

 

ご相談の中で

とても多く出てくる言葉に

「幸せって、何ですか?」

という問いかけがあります。

 

イケメンと結婚して

セレブリティーな生活をして

 

高級車を乗り回して

高級住宅地に住んで

高学歴の子供を持って

 

流行の最先端の服を着て

海外旅行しまくって

 

という、

宝くじに当たったら

何したい?みたいな

 

表面的な

人に見栄をはれる

私、自分の劣等感を

やっと埋めました的な

 

どうでもいい

表面的な成功が

幸せだと思っている人は

 

明治・大正・昭和の頃の

「先生様!」の時代なら

いたかもしれないですが

 

もしくは、

超ド田舎の

じーさんばーさんなら

 

今でも、そういう

化石のような

発想なのかもしれませんが

 

今どき

そんなものが幸せだと

言える人は、ごく少数です。

 

では、いったい何を

「幸せ」というのでしょうか?

 

それは、「納得」です。

 

自分の思ったことや

自分が望んだことを

 

誰に気兼ねすることなく

それを思うことに

 

何のためらいも

躊躇も罪悪感も不安もなく

 

「これしたい!」

「できた!」

 

幸せって、

それができている瞬間を感じるもの。

 

それが幸せです。

 

ですから、人の幸せは

人に推し量ることはできないし

 

人の幸せを

他人が定義づけすることもできません。

子供の頃から、親に

「それが、あなたの幸せなのよ!」と

価値観を押し付けられて

いやいや生きてきた人にとっては

 

おそらく

幸せという言葉を聞くだけで

 

嫌悪感やプレッシャーを

感じることでしょう。

 

「親の期待に応えられなかった自分」への

劣等感

罪悪感

無力感

無能感

自責感

などなどが

 

ザワザワと

沸き起こってくるでしょう。

 

「●●ちゃんはできてるのに

どうして、あなたはできないの!」

 

親に、そう叱られ続けていたり

したい、やりたいという気持ちを

いちいち親にペシャンコに

潰され続けて育ってきた人は

 

自分が何かを望むこと自体に

「どうせ、ムダ!」という

いらだちや怒りを

感じるようになることでしょう。

 

どうせ、無理!

絶対、無理!

生きているだけムダ!

 

そう感じるようになるでしょう。

 

「愛してくれない!」

だから幸せじゃない!という人は

 

どんなに相手が愛してくれていても

自分が納得できない限り

愛してもらえていると思えません。

 

それが、執着や付き纏いになって

ストーカー扱いされるようになったり

ボーダー扱いされるようになったり

 

裁判起こされたり

訴えられたり

 

ケンカばかりが続いて

愛して欲しい人が

一番理解してくれない人として

自分の中のストレスになっていきます。

 

問題は、自分はそのことに対して

どうであれば納得できるのか?

 

それを自分に問うてみることです。

 

そして、誰に何を言われても

「そう思いたいのは私の自由!」と

胸を張って自分に言えるように

自分を大切にして慈しむこと。

 

自分の価値や尊厳を

きちんと正当な形で受け容れること。

 

どうして、やってくれないの!

どうして、愛してくれないの!

 

ではなく

どうすれば自分の中で

納得できるのか?

 

それが、あなたにとっての

幸せです。

 

食べたいと思ったものを

食べられた瞬間の

 

あの食べたかった味を

感じている瞬間が

「幸せ」という納得です。

 

納得が行かなかったのなら

どうしたら納得できるのか?

 

何に納得できなかった

自分がいるのか?

 

自分で自分のことが

わからなければ

 

いつまで経っても

幸せを自覚することは難しいでしょう。

 

幸せは、自分で自覚するものです。

 

人に与えてもらうものではありません。

 

あなたの納得は、何ですか?

 

何が自分の納得なのか

わからないという人は

 

自分の自由意志や

自己主張を

長期間に渡って捨ててきた人か

それを持つこと自体に

恥や劣等感や罪悪感を

意識させられるような環境で

育ってきた虐待被害者です。

 

あなたの希望や感情を

自由に開いてみてあげてくださいね。

 

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