【やや個人的な話】回復まで何年くらいかかりましたか?という話

個人面談で

よくいただくご質問に

「どのくらいで回復しましたか?」という

切実なご質問があります。

 

私の経験について、ですね。

 

当事者が行う支援のことを

ピアサポートといいます。

 

ピアというのは

同じ経験をした者ということ。

 

支援者は、どこまで自己開示をするかは

所属する団体の方針や

自己管理の進捗状況により異なります。

 

よく、デビューしたてのカウンセラーが

集客のために「自分の履歴」を

ブログに年表のように列記していますが

 

あれは、非常に危険な行為でもあります。

 

その理由は

自分で負い切れる状態まで

自己処理が済んでいない事実を

開示するということは

 

自分でトラウマを再演してしまう

危険性があるからです。

 

あまり専門的な話をしても

ここでは、あまり

役に立たないと思うので

 

これから支援者になりたいと

夢を持っておられる方があるとしたら

 

「自分で落とし込みが済んでいないことを

安っぽく集客ネタとして開示するのは

何も分かっていないド素人の証拠」だと

覚えておいてください。

 

カウンセラーの集客コンサルを利用すると

「どんどん自分史を紹介して顧客の信頼を獲得してください」と

勧められると思いますが

 

それを言っているのは、コンサルです。

トラウマの専門家ではありません。

 

くれぐれも間違えて

道を踏み違えないように気をつけてください。

 

あっという間に

あなたは、精神科の常連になること

間違いありません。

 

 

さて。

私、ですね。

 

一緒に考えてみましょうか。

 

私が、自分を制御不能になり

精神科の閉鎖病棟を出たり入ったりの生活になり

 

精神疾患の障害者手帳を使うようになったのは

30代後半くらいからです。

 

そのあとは、ずっと精神疾患の患者でした。

主な病名は、うつと気分障害。

内因性の精神疾患の部類ですが

この頃、トラウマの診断はありませんでした。

 

複雑性PTSDなんて単語は

病院のどこにも聞こえて来ない時代だったし

 

虐待とかDVについて

誰もちゃんとした知識がない時代でしたから

私の訴えは、ただのお嬢さん育ちの苦労知らずで

あっさり片付けられてしまいました。

 

「家族に心配かけてはいけないよ」

「早く元気になって、安心させてあげないとね」

 

そんな声しか聞こえて来ない。

支援者になった今の私なら

「今、それ言ったヤツ!こっち来い!」って

激説教するかブン殴るところでしょうが

 

まあ、医療の世界は

日進月歩ですね。

 

そのうち、コロナウイルスも

風邪レベルのウイルス扱い

される日も近いかもしれないと

 

過去の自分の病歴を思うと

そんな想像をしてしまいます。

 

 

44歳くらいで

とりあえず精神科の入退院生活は、ひと段落。

 

その間も、なんとなく

仕事は続けられていたり

半年くらい休職したり。

 

まあ、よく雇用主は

解雇せずに置いてくれたものだと

今は、関心したり感謝したりです。

 

あの頃、うつ病の人間に

休職して復職していいですよなんて

法律も制度もありませんでしたからね。

(ああ、私、けっこう年寄り。。)

 

その後、私は写真の世界にご縁を得て

仕事の傍ら、作品作りに没入しました。

 

で、共同制作していたフォトグラファーさん達と

毎日、ものすごい勢いで戦ってました。

 

もう、交感神経バリバリ。

24時間365日戦闘状態。

ずっと脳みそは過覚醒状態。

 

誰でも彼でもケンカ売って

ジャッジメントしまくってました。

 

写真って作品だから

お互いに評価するのって、まあアリの世界なので

ものすごい勢いで戦っていました。

 

それが、4年間くらい続いたかな。

 

で、いつの間にか

とりあえず精神科のお薬とは

なんとなくご縁が切れたのが、この頃。

 

モデルやっていたのもこの頃。
(恐れ知らずだよね、まったく)

 

その後、フォトグラファーさんや写真家さん達と

「ざけんじゃね〜よ!」とケンカした挙句

 

「もういい!」ってプロの写真家さん達見限って

ど素人の自分は、写真学校に入って

自分でガンガン撮るようになりました。

 

あの頃は、Nikon D7000が愛機。

時代、わかるでしょ?

一眼レフですよ。

今なら、ミラーレスでしょうけど。。

 

で、どうしても撮りたかった写真があって

一人で恐山まで遠征したりとか

雪山に登山の装備で入ったりとか

 

命大丈夫?って感じの

危険な撮影とかしたりして

でも、それが結構楽しかった。

 

ああ、生きてるなって思えたから。

 

やっと自分がしたいことを

自分ができている感があって

 

そしたら

「なんだ、こんなことで良かったのか」って

妙に拍子抜けしてしまい

 

実家を離れて20年以上経って

(ほぼ四半世紀だけど。。)

 

やっと、ああ楽しいと思うことが

増えていって

自己満写真を現像しては

ひとりニヤニヤする毎日が1年くらい。

 

それと並行して

少しずつ心理の勉強を始めて

最初にはじめたのは認知行動療法だったけど

これが、私には滅法相性が悪くて

 

また、「ざけんじゃね〜よ!」

心の中で

ちゃぶ台返しをしている私が現れた。

 

今なら、それがトラウマ症状だよって

私に説教するかもしれないけど。

 

で、とにかく私の頭の中は

「ざけんじゃね〜よ!」が こだましていて

なんでもかんでも

「やってやろ〜じゃね〜の!」って

鼻息荒く交戦的。

 

なんだかんだで40代も後半になり

再び大学に通うようになり

そこからトラウマに関しての勉強を始めると同時に

目からウロコの毎日がはじまった。

 

女性ならわかるかな?

泥パックが乾燥して

パリパリと肌から剥がれ落ちていくような

そんな感覚。

 

その泥パックが

私の過去のトラウマだったと思ってください。

ものすごい勢いで

ボロボロ、ボロボロ、落ちて行くわけですよ。

 

ああ、自分の中で何が起きていたのか

知るだけで、こんなに楽になれるのかって

驚きを通り越して、放心状態寸前。

 

で、もともとムキになるのは

大好きな性分だから

 

勉強したよね〜

受験したよね〜

やったよね〜

とにかく動いた。

 

飢えていたから。

ガツガツ動いた。

 

で、欲しかったもの

全部 手に入れました。(おそらく)

 

 

で、なんとか足場が固まって

自分が支援活動をし始めたのが

50代に入ってから。

 

。。。ということは?

 

まあ、トータル30年弱くらい

回復するためにかかっていますね。

動き始めてから。

 

「え?30年!」って驚くかな?

そんなにかかるの?って。

 

私は、そんなもんだと思っています。

 

「じゃあ、もう手遅れだ!」って

思う人、多いと思うけど

私は、全然そう思わなかった。

 

多分、私には時間とか

自分の年齢に対する概念が

欠落しているのだと思う。

 

良くも悪くも。

 

大人げないのか

ガキなのか。

 

ガキやり損なって

大人してたんだから

いいじゃない?別に。

 

というか

死ぬまで自分がやりたいこと

やればいいだけだと思ってます。

 

なんで、年齢で

勝手に枠作るの?

 

自分にできること

楽しめること

すれば良いだけじゃない?

 

と思ったりします。

 

私は、頭良くないし

強くもない。

 

そのかわり覚悟はできた。

 

たぶん、それが私の天分というか

才能というか

レジリエンスなのだと思っています。

 

腹くくれた。

それだけかな。

 

トラウマからの回復は

気が遠くなるような時間がかかります。

 

でも、私は今

とても幸せだと思って毎日を生きています。

 

いろいろ問題も抱えているし

言葉にすると不幸なことも抱えているけど

「ま、いっか」って思えるし

思わせてくれる環境がある。

 

自分が変化して

一番思ったことは

自分の周りにいる人が

見事に全部入れ替わったこと。

 

昔の私が一緒にいた人は

今、誰もいない。

(お墓の中ってのもあるけど)

 

年食ったからこそ

手に入ったものも、たくさん。

 

若くないと無理!ダメ!って

思っているなら、あなたは まだ

ガキかもしれません。

 

年取ってご覧なさい。

 

人生、楽しいよ(実感!)