気持ちを支えているもの

以前、支援者同士の

飲み会の席で

「あなたの支援活動への

モチベーションを支えているものは?」と

質問されたことがありました。

 

私は、少しだけ考えたのち

「悔しさでしょうね」と

答えました。

 

怒りではなく

親や誰かへの憎しみでもなく

不安や恐怖でもなく

 

やりがいでもなく

誰かのためでも

誰かを救うためでもなく

 

私の原動力は

「悔しさ」なのだと

今でも感じています。

 

自分を幸せにするための

ものすごい力を持っている人が

 

親を恨むことに

そのエネルギーを注ぎ込んでいることや

 

自分で自分の状態について

説明することができないばかりに

 

自分からも

人からも

世の中からも

誤解され続けて生きていることや

 

人より優れた自分であることにしか

自分の存在意義を求められない

自分の素の姿の価値を

認められない人や

 

理論武装ばかりして

それが、知性化という

防衛機制であることを知らず

ひたすら知識に時間とお金を注ぎ込む人や

 

トラウマへの認知のなさが

不幸の連鎖を産んでいる

世の中の状態が

 

悔しくて残念で仕方がないから。

 

みんな、もっと幸せになれるのに。

誰でも、みんな幸せになれるのに。

 

それが、悔しくて

たぶん、悲しいのでしょうね。

 

他人事なのだから

放っておいても良いのでしょうに

どうして関わりたいと思ったのか。

 

だから、ただ

伝えたいだけだったのだと思うのです。

 

もっと楽に生きていけるのに。

もっと幸せになれるのですよって。

 

もったいないと

そう感じているのでしょうね。

 

そして、直接

命に関わることではないから

みんな、ツライとはいうけど

回避を繰り返すだけなのだろうと。

 

トラウマと回避は

社会問題で

あまりにも大きなテーマ過ぎて。

 

日本は資源のない国だから

経済力以外に依存できるものがない。

 

だから、常に経済優先。

 

家庭が一番後回し。

家族は、いつも後回し。

 

弱者を淘汰して

経済を優先する国。

 

だから、トラウマを認めたら

経済が破綻する。

 

結局、社会構造上の問題。

 

今の古い価値観が死に絶えて

新しい価値観がベースになったら

何か、少しは変わるのかな?と。

 

まあ、とにかく

悔しい気持ちが原動力ですよね。