家族の犠牲になっていたと感じている虐待被害者のあなたへ

 

問題です。

 

下の図のモビールを

他のパーツが揺れないように

ひとつだけ揺らしてください。

 

絶対に、他のパーツは

揺らさないようにしてください。

 

できましたか?

方法は、見つかりましたか?

 

このモビールを

あなたが育った家族だと

思って

 

もう一度、見てください。

 

あなたが一人犠牲になっている状態が

モビールの

一個のパーツが揺れている状態だとします。

 

残りのパーツを

揺らさずに

あなたのパーツだけを

揺らすことはできますか?

 

この状態の説明のことを

家族システム論といいます。

 

家族の誰か一人が

つらく苦しんでいるのなら

そこにいるすべての者が

なんらかの影響を受けている

という意味のことです。

 

幼い子供は

自分を中心にして

出来事やものごとを判断します。

 

これは、自己中だからではなく

自分を基点にしないと

状況を把握することができない

幼児期の心理発達段階のためです。

 

幼い子供がつらい時。

子供は、自分だけが

つらいのだと思います。

 

自分以外の家族すべてのパーツが

一緒に揺れていることが

わからないからです。

 

ですから、子供は

虐待など家庭内でつらい経験をすると

「自分だけがツラかった」と

思い込むようになります。

 

そして、周囲の兄弟や

助けてくれなかった親に対して

怒りや憎悪の気持ちを持ちます。

 

これが、児童・幼児期の心理です。

 

では、最初に揺れ始めたのが

あなたではなく母親だったとしたら

どうでしょうか?

 

母親というパーツが

家庭の中で激しく揺れていたら

それ以外の家族全員のパーツも

大なり小なり影響を受けます。

 

家庭の中で、誰か一人が

つらいということは

家族全員がつらいのです。

 

でも、幼い子供には

それは理解できません。

 

いじめを受けている子供がつらいなら

その子供のいる母親はつらいのです。

 

そして、悩んでいる妻がいる夫は

その影響で、イライラするし

 

これ以上の影響を受けたくなくて

家族との関係を避けることもあります。

 

虐待被害を受けた子供の心理は

自分のつらさの記憶のみが

焦点化されています。

 

子供だったのだから当然です。

 

そして助けてくれなかった

周囲の人たちに向けて

激しい怒りを感じます。

 

父親から暴力を受けた子供が

母親に対して

「どうして、助けてくれなかったのか!」と

怒りをぶつけるのが、その例です。

 

本来なら、怒りをぶつける対象は

暴力を振るった父親です。

 

でも、なぜか

助けてくれなかった母親を

責める心理が生まれます。

 

これは、トラウマの中の

心理反応のひとつです。

 

あなたの過去記憶は

子供時代のつらさのまま

脳の中でフリーズ(冷凍保存)されています。

 

冷凍保存された記憶は

ある瞬間の1シーンだけを

切り取った写真のような記憶です。

 

動画ではないのです。

 

全体のストーリーではなく

ある1シーンだけが

あなたの記憶の中で

強固に残り続けています。

 

その記憶に、成長するにつれて

後付けの説明が上塗りされていきます。

 

「母は、私を嫌っていたから」

「母は、私に嫉妬していたから」

「姉は、私を妬んでいたから」

「弟は、親に取り入るのが上手かったから」

 

だから、私は

あんな酷い目にあわされたのだ!と

自分オリジナルの物語が完成します。

 

そして、それこそが真実である!と

頑なになります。

 

なぜならツライ人は

自分以外の人のつらさを

受け容れたり理解したりする

余裕がないからです。

 

自分が生きているだけで

精一杯だからです。

 

あなたが、家族に対して

自己中だと感じていた状態は

 

逆にいうと

あなたは、周りから

自己中だと思われていた状態になります。

 

ツライ人同士が集まると

「どうして、わかってくれないの!」の

応酬になります。

 

家族は、システムです。

 

モビールのパーツが

揺れないようにするためには

外側から

なんらかの力を加える必要があります。

 

それが、支援です。

 

家族の問題を

家族だけで解決しようと

すればするほどこじれるのは

 

全員が当事者だからです。

 

全員がモビールのパーツだからです。

 

モビールからパーツが外れると

その瞬間に

モビールは全体のバランスを崩して

グチャグチャになります。

 

あなたは、その景色を見たくないので

モビールから外れることを

恐れています。

 

本当は、サッサと

外れて解放されて

楽になりたいはずなのに。

 

あなたというパーツが

家族のモビールから外れても大丈夫なように

他の力を加えて

新たなバランスを取れば良いのです。

 

それを受け容れられるかどうかは

家族全体の意識と

家族それぞれのケアの

進捗状況によって決まります。

 

モビールから外れることへの罪悪感や

申し訳なさはありませんか?

 

モビールから切り離された存在になることへの

疎外感や見捨てられ不安はありませんか?

 

あなたの家庭は

どのようなモビールですか?

 

想像してみてくださいね。