あなたが不幸な理由は、○○な人が好きだから

 

人間、余裕がないと

優しくなれません。

 

これは、ごく当たり前の話。

 

では、どういう人が

余裕がないのか?というと

「不幸な人」です。

 

あなたは、自分より

幸せな人が嫌いです。

 

嫌いというほどでもないのなら

苦手です。

 

なぜなら

自分と相手を比較して

 

劣等感を感じたり

卑屈になってしまうから

 

というのも

あるかもしれないですが

 

一番の理由は

「幸せな人には

自分の苦しみなんて

絶対に理解できない」

と思っているから。

 

だから、同じように

苦しんで悩んでいる人なら

 

自分の気持ちを

理解してもらえる気がして

 

不幸な人ばかりを選んで

自ら不幸にすり寄っていくのです。

 

 

残念ながら

不幸な人は

自分のことで頭がいっぱいです。

 

あなたのつらさを

受け取ったり

引き受けたりする

心の余裕やゆとりなど

これっぽっちもありません。

 

微塵もありません。

 

飢え死しそうな人が

飢死しそうな人に

食べ物を渡せないのと同じことです。

 

自分の飢えを満たしてからでなければ

他人の飢えの面倒なんて

みようとは思えません。

 

その良い例が

あなたの両親です。

 

 

親自身がつらいのに

子供の気持ちやメッセージを

 

引き受けたり

受け取ったりする

余裕もゆとりもありません。

 

「親のクセに無責任だ!」

「どうして責任取れないのに産んだんだ!」

というのは、あなたの勝手な言い分です。

 

親は、子供の人生を

引き受けるために

あなたを産んだわけではありません。

幸せな家庭の中で

生きていきたくて

あなたという人間がいる人生を

選んだのです。

 

あんたなんか産まなきゃよかったと言われたことを

ずっと根に持っている人は

大勢います。

 

でも、そう言いたくなるほど

過酷な人生だったのだという

親の生き様は

あなたは知りません。

 

 

なぜなら、あなたは子供だったから。

 

大人の事情が理解できない年齢だったから。

 

 

あなたの人生は

あなたが引き受ける問題であって

誰の責任でもありません。

 

親に責任転嫁する時点で

あなたはすでに

自分の人生から逃げています。

 

あなたの人生は

あなたにしか生きられないし

 

親の責任は

あなたを保護し

安全と安心を担保することだけです。

 

それ以外に

親の責任などありません。

 

それを無責任だという人は

それに対して責任を取りきれないことを

自分が親になって初めて気付きます。

 

そして、無責任な自分を

責めたり罵ったり

親失格だと落ち込みます。

 

人間、当事者になってみて

初めて知ることは

山のようにあります。

 

 

親に自分の人生の

責任を取ってもらおうなんて

勘違いです。

 

あなたの代わりに

トイレに行って

要を足して来て欲しいと

願っているのと同じ。

 

自分のことは

自分でするしかありません。

 

そのときに

一人で重荷なら

手伝ってくれる協力者が必要です。

 

抱えきれない難問なら

一緒に考えてくれて

支えてくれる人たちが必要です。

 

それは、親にもできることです。

 

でも、あなたの親は

あなたが生まれる前から

不幸だったのなら

 

あなたの親自身が

自分の問題を自分で解決しなければ

子供の抱えている問題とは

向き合うことができません。

 

あなたが欲しかったのは

一緒に問題と向き合ってくれる親であって

 

あなたの人生に全責任を取ってくれる親では

ないはずです。

 

あなたが自分の人生にすら

責任が取れないのなら

他者が自分以外の人間の人生の

責任など取れるはずなどないことは

簡単にわかると思います。

 

助けてもらうこと

協力してもらうこと

支えてもらうこと

 

あなたは、それを

責任を取ってもらうことだと

勘違いしています。

 

なぜなら、自分で収集できない問題を

誰かが肩代わりしてくれれば

自分を責めたり

責任を感じる必要がないからです。

 

 

あなたにとって

幸せな人たちは

まぶし過ぎて

近寄りがたいのかもしれません。

 

幸せな人たちは

自分のような人間を

嘲笑っていると

思い込んでいるのかもしれません。

 

それが、誤解だと

あなたは知りません。

 

なぜなら

あなたを嘲笑っている人たちは

幸せなフリをしている

あなたと同じような

不幸な人たちだということを

知らずに生きて来たからです。

 

本当に幸せな人は

不幸な人を

蔑んだり、罵ったりしません。

 

関心すらありません。

 

あなたが不幸なのは

不幸な人たちの中にいるから。

 

不幸な人たちの不幸に

巻き込まれているからです。

 

幸せになりたいのなら

本当に幸せな人と

一緒に過ごすことを意識しましょう。

 

ここで気付いたと思います。

 

あなたの周りに

本当に幸せな人など

いないことに。

 

幸せな人なんて

自分の周りに誰もいないことに。

 

だから、あなたは不幸なのです。

 

あなたが幸せになれるか

このまま不幸なままで

一生を終えるかは

 

自分をどこに置くかで決まります。

 

自分を置く場所は

自分で選んでください。

 

それができるかできないか。

 

幸せになる方法は

それだけです。

 

あなたが人に対して持っている

先入観や固定観念が

あなたを不幸にしています。

 

自分の先入観や固定観念を

知っていますか?

 

それが、あなたのトラウマを

刺激しています。

 

自分について知る努力を

しましょう。

 

それは、誰かと話すこと。

自分の心に気づくことです。

 

人間は死ぬまで

永遠に幸せになるチャンスがあります。

 

あきらめないこと。

 

心がけてくださいね。

 

 

 

理論やハウツーに飛びついてもトラウマは治らない

 

理論やハウツーに飛びつく人

多いですよね。

 

なんで、理論やハウツーに

飛びつくか、知っていますか?

 

それは、

「一人でなんとかしようとしてるから」

 

複雑性PTSDというのは

人に頼れなくて

人を信じられなくて

 

どうせ裏切られるに決まってるから

最初から期待なんてしないで

自分一人でなんとかしてやろう!

という心理状態になる病気です。

 

自分でなんとかするしかない。

 

なんで?

 

自分なんて助けてくれる人はいない!と

思っているから?

 

どうせ、あなたには

助けるような価値はないし

 

助けたところで

何のメリットもないし

 

そういう、あなただから

親にも愛されないし

恋人もできないし

 

誰も助けてくれないなら

自分で、何とかするしかないじゃない!って

そう思ってません?

 

だから、認知処理療法とか

TF-CBTとか

心理療法とか専門用語聞くと

 

いてもたってもいられなくなって

ガンガン本買って

わかったような気分になって

 

でも結局何も変わらなくて

絶望してばかりいるのではないですか?

 

 

複雑性PTSDっていうのはね

自分が「無価値」で

生きていても無駄な

ゴミみたいな気分になる病気なんです。

 

みっともなくて

恥ばかりかいていて

何やってもダメな

 

生まれて来なければよかったと

思ってしまうような

そういう病気です。

 

死にたい!って思ったこと

数え切れないでしょ?

 

回復するために必要なのは

「知識」と「情報」と「環境」

 

技法やハウツーじゃないんですよ。

 

だってね。

技法やハウツーの本なら

ごまんとあるでしょ?

 

でね。

それ読めば、みんな幸せになってるハズでしょ?

 

この世に不幸な人なんて

いないハズでしょ?

 

でも、あなたは今でも不幸。

 

それ。何で?

 

答えは

「援助希求能力がないから」

 

誰か助けて!手伝って!って

言えないんでしょ?

 

だから、理論とかハウツーに

しがみつこうとして

 

理屈コネ回して

わかってフリして

大丈夫なフリして

 

みじめなまんまで

生きてるんだか死んでるんだか

わからないような毎日を送ってるんでしょ?

 

やたらと恋愛したがる人は

本当にしたいのは恋愛じゃなくて

 

自分には価値がある!って

そう思わせて欲しいの。

相手にね。

 

だけど、あなたは

自分の価値を感じるために

価値のありそうな人ばかり

あさってるでしょ?

 

見た目がいいとか

金持ちとか

いい仕事してるとか

学歴とか家柄とか。

 

そんな上っ面な価値を

あさってる人間を

相手にする人なんていない。

 

見栄はりたいだけの

あなたのステータス?の道具にされるって

わかってる人が

 

真剣にあなたと

つき合うわけないから。

 

で、そういうところに

付け込んで来るような

ロクでもないのしか寄って来ないから

 

「どうして、いつも

わたしは、こんな目に合わされるのよ!」って

泣くことになる。

人に助けてもらえるだけの価値が

自分にはないと思ってるから

誰にも頼れない。

 

信じて頼ることを

「信頼」といいます。

 

あなたには、それができない。

 

何で?

 

それが、複雑性PTSDという病だから。

 

複雑性PTSDのこと

もっときちんと知ってくださいね。

 

自分のことでしょ?

 

理論やハウツーじゃなくて

複雑性PTSDについて

自分が、なぜ今の自分なのか。

 

知る努力、しましょうよ。

 

それしない限り

幸せにはなれない。

 

やる気ない人は相手にしてません。

 

やる気の向けどころが

みんな全然違うから

いつまでたっても回復しないの。

 

早く気がついて。

 

 

 

 

 

複雑性PTSDって何?と困っていませんか?

 

複雑性PTSDという言葉が

数年前から、世の中で

やっと使われるようになりました。

 

複雑性PTSDというのは

おそらく

日本人病と言っても良いくらい

私たちにとって

ポピュラーな心の病です。

 

あまりにもポピュラー過ぎるので

誰も、そのことについて

疑問に感じて来なかったというのが

 

これまで、ずっと放置され続けてきた

原因のひとつかもしれません。

 

父親と母親が

夫婦げんかするなんて

当たり前!と思っていませんでしたか?

 

親が夫婦げんかをすることが

子供にとって

 

面前DVという究極の虐待行為だと

知っていましたか?

 

 

夫婦げんかで不安定になった母親が

誰からもケアを受けずに

そのまま子供と接することが

 

子供にとって

究極の虐待行為だと

知っていましたか?

 

夫が妻を

説教したり叱りつけるのは

 

とても卑劣なDV行為だと

知っていましたか?

 

あなたの母親は

父親の機嫌が悪くならないように

 

あなたにも無理な要求を

続けませんでしたか?

 

親の思いや気持ちや気の毒を

受け取らされたり

引き受けさせられることが

 

子供にとって

人生を破壊されてしまう

トラウマを作るって

知っていましたか?

 

家の中で

おじいちゃんや父親が

無駄に威張っていることが

 

当たり前だと

それが家庭だと

錯覚していませんでしたか?

 

 

「あなただけが頼りなの!」と

ベッタリとすがりつく親に

嫌悪感を感じませんでしたか?

 

「あなたのためよ!」と

恩着せがましく

愛情のつもりの自己満足を

ぶつけてくる親に

ウンザリしていませんでしたか?

 

八つ当たりばかりする親に

早く死んで欲しいと

心の中で

祈り続けていませんでしたか?

 

親を毒親と呼ぶと

スッキリするけど

 

何も変わらない現実に

絶望を感じていませんでしたか?

 

 

そして、そういう状況を

自分でなんとかできない自分を

 

「情けない!」

「不甲斐ない!」

「みっともない!」と

感じて苦しんでいる状態が

 

あなたの性格ではなく

複雑性PTSDの心理症状だと

知っていましたか?

 

人の目や態度が不安で

恐くて怖くて

人との関わりが苦手で

 

いつも言いなりになってしまい

いじめられてばかりで

ターゲットにされてばかりで

 

過敏な自分のことを

HSPだから仕方がない!と

知識なく慰めていませんでしたか?

 

引きこもりと呼ばれることに

発狂しそうになりませんでしたか?

 

 

最近、私のところに

「複雑性PTSDって何ですか?」と

お問い合わせやご相談に来られる

母親がとても増えてきました。

 

あなたが、お母さんに

「複雑性PTSDでツライ!」と

話すことができたからかもしれません。

 

やっと、親たちも

真実に目覚め始めてきています。

複雑性PTSDは

家族システムの障害です。

 

あなた一人が努力しても

何も解決できないのです。

 

井戸水を飲んで

下痢をしたら

 

胃腸薬を飲むよりも

井戸の中の水を

浄化しなくてはなりません。

 

井戸が、あなたの家庭、家族です。

 

複雑性PTSDについて

情報をご提供しています。

 

団体のホームページから

あなたの利用しやすい

情報収集の方法を

探してみてくださいね。

 

 

ホームページは、こちら。

https://yumorina.me/

 

 

ホームページ内に

無料資料もたくさんあります。

 

賢く活用してみてください。

 

 

自分の状態を説明できるようになれば複雑性PTSDは終わります

あなたは自分の状態を

説明することができますか?

 

アダルトチルドレンや

HSPや

発達障害という言葉を使わずに

 

自分のこころの不具合について

説明することができますか?

 

加害者とか被害者とか

虐待とか機能不全家庭とか

 

そういう言葉を使わずに

あなたのこころができた理由を

説明することができますか?

 

 

自分のこころの成り立ちを

自分で説明できないと

 

いろいろな心理療法や技法に

食いつくことが増えます。

 

あなたが行なっていることは

セミナーや講座で学んでいるのではなく

 

答え探しをしていることに

気付いてください。

 

何を探しているのか?というと

「どうして自分はつらいのか?」

 

そして

「どうしたら楽になれるのか?」

 

あなたは、人生の中に

原因や根拠を

見つけることができずに

ずっと探しています。

 

無条件の愛情とか

そんな言葉が大好きだと思います。

 

あなたは、安心と安全という

人間にとって

最も大切な環境を

 

愛情と勘違いしています。

 

あなたは親に愛されなかったから

不幸なのではありません。

 

親と暮らした環境に

安心と安全がなかったから

あなたは、不幸なのです。

 

9月いっぱいで

しばらく

予約受付を休止します。

 

 

今後について

ご相談になりたい方は

こちらから、ご連絡ください。

 

 

心の回復を妨げる3つの言葉

 

個人相談を行っているときに

この言葉を言わなかった方と

私は、今まで

一度も会ったことがありません。

 

見事に、全員が

この3つの言葉を使います。

 

その言葉は

 

 

普通

人並み

常識

 

です。

 

 

「普通の家庭で育たなかったから」

「人並みな人生ではなかったから」

「常識とは違うから」

 

あなたも一度は

この3つの言葉で

自分について

話した経験があると思います。

 

 

では、

 

普通

人並み

常識というのは

 

いったい

いつ、誰が

決めたのでしょうか?

 

ある集団の中で

最も数が多い人たち。

 

多数決で、一番多い人たち。

 

それが、世間で言われている

「普通」や「人並み」

なのだとしたら

 

それら大多数は、マジョリティーで

少数派が、マイノリティーという

ことになるでしょうか。

 

人数が多い方が正しい

ということは

ひとつもありません。

 

ルールというのは

大勢に共通している方が

全体の統制を取りやすいから

 

多数派に合わせるのが楽

というだけの話です。

 

昔、ドイツで

ユダヤ人を迫害する人が

大多数で

 

ユダヤ人の味方をする人は

少数派でした。

 

大勢の方が正しい

ということはありません。

 

大勢の方が

集まると声が大きくなる

ということだけです。

 

普通

人並み

常識という言葉を使うとき

 

あなたは、自分のことを

「劣っている」と思っています。

 

人と違うこと

少数派であることを

「みっともない」と思っています。

 

普通

人並み

常識という言葉は

 

あなたの恥の気持ちが

たっぷりと含まれています。

 

虐待という

トラウマが生み出す

3つの感情的テーマは

 

恐怖

喪失

 

この3つです。

 

この3つのテーマを考えるとき

あなたは、

 

普通

人並み

常識

という言葉を使います。

 

自分で自分を

ののしるために、です。

 

トラウマは

 

みっともなくて

情けなくて

無価値で無能で無力で

生きている意味も資格も

何もない自分

 

という自己像を

心の中に作り出します。

 

これは、あなたが

ネガティブな性格だからではなく

 

これがトラウマ症状です。

 

子供時代の虐待のために

その影響で

 

膠原病

糖尿病

心疾患

呼吸器疾患

免疫の低下

 

などの病気になることは

世間の人は知りません。

 

虐待によるトラウマで

自殺者が、

通常の12倍になることを

世間は知りません。

 

実に、人口全体の2/3の割合で

幼い頃に、なんらかの

虐待を経験していることを

世間は知りません。

 

虐待を経験していない人よりも

虐待を経験した人の方が

この世は

はるかに多いのです。

 

その事実を

世間もあなたも知りません。

 

ですから、あなたは

自分のことを

 

普通ではなく

人並みではない

常識のない人間だと思っています。

 

ですが、実際は

普通に虐待を経験し

人並みに虐待のある家庭で育ち

常識があるからこそ

 

今でも

悩んでいるのかもしれません。

 

あなたは、あなたです。

 

誰かと比べる必要など

まったくありません。

 

人と競うことに

意味があるのは

何かの競技会の時だけです。

 

あなたの人生は

あなたにしか生きられないのだから

誰かと比較しても

まったく対象になりません。

 

比較対象外です。

 

あなたの同級生が

あなたの人生を

生きることができないのと同じように

 

人の人生と

自分の人生を

比較しても何も意味はありません。

 

人と比べることで

自分の価値基準を

見定めたい気持ちは

 

基準なく生きなければならなかった

児童期の虐待の悪影響です。

 

 

あなたの人生の中には

基準がありません。

 

それは、親から

「そのままで、OK!」という

安心をもらえていないから。

 

親が悪い!と

恨むのは簡単です。

 

でも、違います。

 

親が何か問題を起こしたとき

あなたの周りにいた大人たちが

 

あなたたち家族を見捨てたこと。

無視したこと。

 

問題は、そっちです。

 

親が おかしくなったのなら

親が おかしかったのなら

 

その親をおかしくした

誰かや何かがあったのです。

 

 

あなたの家庭、あなたの親を壊したのは

社会ですか?

親族ですか?

地域ですか?

 

あなたは、壊された親の影響で

あなたの基準を壊されたのです。

何が本当か。

何が正しいのか。

 

答えを探し続けませんでしたか?

 

それは基準がなかったから。

 

あなたは、

「自分軸」という言葉の方が

ピンと来るかもしれませんし

 

「他人軸」という言葉の方が

より、ピンと来るかもしれません。

 

自分に基準をあわせられない。

世間や人にしか基準を感じられない。

 

そして、他人と自分との違いを

恥じているし

恐れているし

喪ったことを嘆いています。

 

明日から

 

普通

人並み

常識という言葉を

 

自分の人生を語るときに

使うのをやめてみてください。

 

それだけで

あなたが、今まで

何に縛られて生きてきていたのか

気付けると思います。

 

あなたの人生すべてはジャッジメントの連続

 

お久しぶりです。

お元気ですか?

 

毎日、信じられない暑さが続いていますね。

 

私は、マスクの繊維かぶれで

口のまわりが

クマみたいになっています。

 

 

あなたは、毎日

「どうしたら楽になれるのだろう?」と

嘆き悲しみながら

生活をしていることと思います。

 

まず、楽になる方法は

環境の改善。

 

これは、周りの人間を変える

ということではなく

 

自分にとって

安心・安全を信じられる環境に

自分を移動させるということ。

 

転居でも

独立でも

転職でも

 

自分の周りにいる人間を変える

ということです。

 

あなたの周りにいる人たちを

冷静に思い出してみてください。

 

あなたは、その人たちのために

自分の人生の残り少ない

大切な時間を

無駄に捧げたいと思いますか?

 

私なら、絶対にイヤです。

 

自分の大切な

一度きりの人生は

 

自分の思い通りにならないのなら

何の意味もないし

楽しく何ともない。

 

そう思っています。

 

これを「自己中」だと

感じるかどうかの境界線は

 

それによって

被害を受ける対象があるかどうか。

それだけです。

 

自分勝手、上等です。

 

誰も迷惑しないのなら

真冬に海で泳いでいようが

 

真夏に焚き火で

焼き芋焼こうが

まったく問題ありません。

 

むしろ

自分のしたいことを

自分で決めて

納得してできたことは

 

満足感

達成感

喜び

幸せを感じる結果になります。

 

 

あなたが幸せになれない理由は

この「自己中」な思考や行動に対して

 

いちいち

ジャッジメントをすることです。

 

「そんなことをしても良いのか?」

「笑われないか?」

「バカにされないか?」

 

あなたは、何をするときも

何を考えるときも

常にジャッジメントを行っています。

 

自分へのジャッジメント

相手へのジャッジメント

 

ジャッジメントというのは

評価のことです。

 

 

あなたは、二極化したものごとの

考え方や受け取り方をする

習慣がついています。

 

それは、あなたの性格ではなく

トラウマが原因の思考パターンです。

 

敵か味方か

好きか嫌いか

自分にとって有害か無害か

信じられるか信じられないか

OKかNGか

 

あなたの人生は

ひたすらジャッジメントの連続です。

 

では、なぜ

ジャッジメントしたくなるのでしょうか?

 

それは

安心したいからです。

 

 

虐待被害を受けている子供に

家庭内での

安心や安全はありません。

 

虐待被害を受けている子供のストレス値は

戦場から帰還した兵士と同レベルという

研究結果を知る人は

少ないかもしれません。

 

凄まじいストレス値です。

 

幼い子供は、

親に生命をゆだねるしか

生きる方法がありません。

 

そして、虐待行為が

繰り返されることで

被害経験を連続すると

 

「今、この状態は 安心か安全か?」を

ジャッジメントしたくなるのは

当然の生存本能です。

 

そして、この思考パターンは

対人関係や環境全体へと及びます。

 

 

結果

大人になってからでも

 

何か不安や心配を感じると

あなたは

生き残り戦術として身に付けた武器

ジャッジメントを存分に発揮して

状況への判断や結論を作り出します。

 

そして、それらの判断の元になっている

過去の経験や情報は

そのほとんどが

ネガティブな経験のため

 

あなたは、ネガティブな予測をすることで

自分の身を守るための

ジャッジメントを行い

 

その結果の判断で

そこで起きている出来事の意味を

決定してしまっているのです。

 

自分の中で

自分一人でジャッジメントをしているので

現実や相手の思いとは

大きくかけ離れていることも

多々あります。

 

そして、相手から出される結論は

「あんた、面倒くさい!」

「そういう自己中とは付き合えない!」

「失礼な人だよね、あんたって」

 

と、どんどん自分で

人との信頼関係を壊してしまい

 

周囲から人が

去ってしまう状況を作り出し

 

「いつも一人」

「孤独」

「疎外感」

 

そんな人生を繰り返しています。

 

あなたは、不安になると

ジャッジメントのスイッチが

自動的に入るように

思考パターンが出来上がっています。

 

ジャッジメントしたくなったら

思い出してみてください。

 

そのジャッジメントが

あなたを不幸にしているのです。

 

自分の思考パターンに

気づいてあげてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【個人的な話】私の回復までのプロセスについて(ご参考程度に)

「どうしたら楽になれますか?」

「どうしたら幸せになれますか?」

 

そんな問いは

虐待被害の後遺症

複雑性PTSDで悩んでいる人

すべてに共通の問いだと思います。

 

そして、その回復のプロセスは

先の記事にも書いた通り

個別の問題であって

 

誰かの真似をすれば

それで同じように問題が

解決するということはありません。

 

個人相談の場で

この問いは、よく

私個人の経験についての

質問として語られることがあります。

 

ですので

今日は、私がたどった回復までの

プロセスについて

簡単にお話ししてみたいと思います。

 

1 環境整備

 

トラウマと向き合うために

まずはじめにしなければならない

最も重要なことは

「生活環境の整備」です。

 

これが、現在の虐待で考えるのなら

家庭への児相の介入でしょうか。

 

トラウマケアを行うために

はじめにするべきことは

「安心・安全な環境の確保」です。

 

これができないのなら

トラウマケアは進みません。

 

DVならシェルターなどに

一時避難するなど

 

加害から自分を遠ざけて

安心・安全を確保してから

解決に取り組むこと。

 

これができないと

被害を受け続けたり

 

加害者を攻撃することで

時間ばかりを浪費してしまうし

 

トラウマ(心の傷)が

より深刻化してしまう原因になります。

 

トラウマからの回復の

最初に行うことは

「加害からの距離を取ること」

「安心・安全な環境の確保」です。

 

私の場合は、結婚して

夫の転勤先へ一緒に行きました。

 

実家から

飛行機で移動しなければならない距離まで

自分を遠ざけました。

 

これが、私が行ったはじめの一歩です。

 

ここで

「私は、結婚できないから、相手がいないから無理!」と

いきなり結論に飛躍するのなら

ここから先は読まないでください。

 

無駄です。

 

ここで書いていることの意味を

ちゃんと理解する気持ちがないのなら

読んでもらっても意味がないので

別の人の癒しブログにでも飛んでください。

 

2 心理学習

 

安心・安全を確保したのちに

私が行ったことは「心理学習」でした。

 

これは、トラウマについて知ること

自分の人生の中で

何が起きていたのかを

客観的に冷静に考えて整理すること。

 

トラウマにまつわる人生の

物語のことを

トラウマナラティブといいます。

 

私は、このトラウマナラティブを

整理するための心理学習を行いました。

 

私の場合は、心理の講座や大学

認知行動療法に関するスクール

学会や当事者研究所の場への参加

などが主な行動でした。

 

この心理学習という行為は

実は、カウンセリングなどの

心理相談の臨床の場でも

積極的に行われていますが

 

セラピストの技量の問題や

もともと猜疑心を持ちやすい

トラウマ持ちさんの思考パターンの影響で

 

心理学習の内容を

セラピストからの説教として

受け取ってしまう人が非常に多く

 

「信頼していたのに傷つけられた!」と

怒り大爆発で

 

せっかく手に言いれた支援現場を

自ら放棄してしまうことが

繰り返されてしまうのも

 

複雑性PTSDの中で

苦しんでいる人には

非常に多い傾向です。

 

実際、私自身も

それが、自分の中の

認知の問題であることが自覚できるまでは

 

担当の講師への怒りを感じていたり

攻撃的な物言いをしたこともありました。

 

それがトラウマ反応であると

知っている担当者にめぐり逢えたことが

私にとって幸いでした。

 

そして、どうすれば

そうした担当者にめぐり逢えるのかを

トラウマについて学んだからこそ

得ることができたのだと思います。

 

ただ、闇雲に

自分の人生経験を語ることで

怒りや悲しみの感情を吐露するだけなら

無料の電話相談を利用すれば

それでいいのかもしれません。

 

俗にいう

「グチ聞き屋」にでもできることなので

そこを利用すれば良いでしょう。

 

最近は、オンライン風俗も盛んなようで

会話だけで気持ちよくしてくれる

グチ聞き屋も大勢いるようです。

 

そこを利用すればいいでしょう。

 

いくらでも慰めてもらえます。

 

自慰か他慰かって

その違いだけの問題ですから。

 

 

 

ここで、自己判断で

やたらと専門書を買いあさって

かたっぱしから読みふけって

 

「わかったつもり」になっている人

結構、多いですね。

 

でも、トラウマからの回復は

「わかった!」ではダメです。

「できた!」でなければ

それは、ただの絵に描いた餅です。

 

知識だけなら

誰だってあります。

検索すれば、どこにだって

情報はあります。

 

問題は、それを

自分が実生活の中で

実践できるかどうか?です。

 

自宅を出れば良い!

そう書いてある記事を読んで

実際に出ていないのなら

それは、ただの情報です。

 

実践ではありません。

 

 

3 人とのつながりを作る

 

私が、1と2の中で

同時進行していたことは

「人とのつながりを作る」ことです。

 

支援者とのつながり

仲間とのつながり

社会とのつながり

つながりたい家族を作る

 

などです。

 

そして、自分のつながりの中での

「役割」を意識しました。

 

役割には、呼称があります。

 

相談員

代表

学生

受講生

会員

支援者

 

その呼称の中の自分の行いたい役割

行為や関わりについて考えました。

 

人間は、自分が選んだ役割を

自分が納得いく形で

行為・行動できた瞬間に

 

幸せ、達成感、喜びを感じます。

 

自分を幸せにしたいのなら

社会と関わりを持つ中で

自分の持っている役割の種類を見つけること。

 

役割というと

大それたことばかり

考えるものですが

 

もし、あなたが

引きこもりなのなら

 

引きこもりが世の中に

訴求できる役割について考え

 

その中で

あなたが行えることや

行いたいこと

 

したいこと

納得できることを

見つければ良いのです。

 

「何も見つかるわけがない!」と

いきなり結論に飛躍するのは

複雑性PTSDの思考パターンです。

 

いきなり結論に飛びつきたくなるのは

早く結論を出して

ホッとしたい(安心したいから)です。

 

そこがあなたの不幸のループです。

 

いきなり

「でも!」

「だって!」と思わない。

 

そう思いたいうちは

トラウマナラティブについて

しっかりと支援者からの

サポートを受けてください。

 

トラウマからは

一人では這い出せません。

 

不可能です。

 

一人でできたと思っている人は

本当は、一人ではなかったのですが

そう思いたくないだけです。

 

トラウマからの回復には

それなりの覚悟と勇気が必要です。

 

泥沼の中に居続けるのは

あなたの問題ではなく

複雑性PTSDが作り出す

トラウマ由来の心理状態のためです。

 

 

ここに書いたのは

あくまでも私がたどった

回復に至るまでのプロセスの話です。

 

このプロセスは

およそ30年間でした。

 

トラウマからの回復には

とても時間がかかります。

 

甘くみないこと。

 

そして、あきらめない勇気と

それを支えてくれる支援の場を

複数確保することが大切です。

 

あなたは、どのような

回復のプロセスをたどりますか?

 

考えてみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

虐待被害の後遺症「怒りの感情」について

「私の経験は、とてもレアなのです!」

 

みなさん、そうおっしゃいます。

あなたの人生経験は

とてもレアでコアなものです。

 

間違いありません。

 

なぜなら、

「あなたの人生は、あなた以外に生きられないから」

「あなたと同じ経験ができる人はあなた以外この世にいないから」です。

 

 

複雑性PTSDのように

虐待などの被害経験による

影響を受けた思考パターンは

 

「個々の持つ個別性への柔軟な認知」が

障害を受けてしまいます。

 

障害というのは

不具合や困りごとということで

 

障害認定の状態

という意味ではありません。

 

あなたは、自分以外の人と

すべてが同じでなければ

ダメなのだ!と思い込んでいます。

 

よく面談の席で

語られる言葉に

 

「未熟」「未完成」

「スキルが乏しい」

「不完全」などがあります。

 

これは、世間一般の水準に

達していないことへの

恥や劣等感の意識から

生まれてくる言葉でしょう。

 

でも、考えてみてください。

 

その人の人生は

その人だけのものです。

 

ですから、基準など

本当は何もありません。

 

何歳までに結婚するか。

何歳までに就職するか。

何歳までに親になるか。

何歳までに家を持つか。

何歳までに学校を卒業するか。

 

そんなことは

すべて本人の都合で決めて良いのです。

 

 

あなたは、世間一般と

同じでない自分の部分を

徹底的に粗探しをする技術が

プロ級です。

 

ですから

自分と相手との相違点

間違い探しを

徹底的に行います。

 

そして、必ず

自分が劣っていると感じられる部分を

一生懸命に探し出します。

 

それは、劣っているのではなく

条件が整わなかったから

現在のあなたが実行していないだけの

事柄なのに

 

「できなきゃダメなんです!」

「どうせ、わかりっこないですよ!」と

怒ることしかできないと思います。

 

怒りというのは

人間の生存本能が作り出す

最も強い感情です。

 

 

なぜ、、虐待被害の後遺症で

怒りの感情が強化されるのか?

というと

 

感情というのは

生き延びるための行動をうながすための脳からの信号」です。

 

ですから、まず

コントロールは不可能ですし

コントロールしようとすると

より不具合が生じます。

 

そして、人間の脳は

虐待被害の後遺症として

 

現状に対処・対応をうながすための感情の中で

最も最速でアクションを起こしたくなる

「怒り」の感情を作り出しています。

 

「怒り」の感情は

自分の正当性や権利を

主張するために

気持ちを訴えたくなる感情です。

 

この感情を作ることで

脳は、自分の身の上に起きている

危険に対して

 

一刻も早く対処・対応するように

信号を送り出しているのです。

 

そしてあまりにも

この心理状態の反復が頻回になり

しかも対処困難だった場合(これが虐待です)は

感情自体が麻痺を起こし始めます。

 

感情鈍麻、感情麻痺と呼ばれる状態です。

 

 

そして、その怒りの感情は

「外側に向かう感情」と

「内側に向かう感情」とに分かれます。

 

外側に向かう感情とは

相手や他者、社会への攻撃です。

 

DVやパワハラ

無差別な殺傷や

ネット上での誹謗中傷行為などが

この典型的な例です。

 

この状態は

比較的に男性に多くみられる傾向があります。

 

一方、内側に向かう感情の場合は

自分への攻撃です。

 

自分を責める自責感や

自分を追い詰める思考や行為です。

 

具体的には

リストカット

摂食障害

アルコールや薬物への依存

誰とでも寝てしまう性的な逸脱行為や

依存的な目的での自罰的な恋愛などです。

 

これは、比較的に

女性に多くみられる状態です。

 

 

怒りの感情は

トラウマの影響を受けている場合は

生存本能が作り出しているので

コントロールは不可能です。

 

これは、脳の中の

扁桃体(へんとうたい)が

過剰興奮を起こしている

「過覚醒」と呼ばれるトラウマ反応が

大きく影響しています。

 

扁桃体が過剰興奮をしている状態を

世間ではHSPと誤って

表現していることが最近の傾向です。

 

そして、扁桃体が興奮している

過覚醒状態の時は

 

大脳皮質(前頭前野)の働きは

オフになっています。

 

扁桃体が興奮すると

思考をつかさどる大脳皮質は

ブレーカーが落ちてしまいます。

 

このため、いくら

アンガーマネジメントなど

思考に働きかけるセラピーで

怒りの感情をコントロールしようとしても

不可能なのです。

 

では、どうしたら良いのでしょうか?

 

怒りの感情を含め

感情というのは

自分以外の存在を意識した瞬間から始まります。

 

つまり、あなたは

自分が感情を作り出していると

思い込んでいますが

実際は違います。

 

あなたは、

「怒っている」のではなく

「怒らされている」のです。

 

感情は、何かの刺激を受けた結果

その刺激に対処するための

行動をうながすために生まれる

人間が持つ生存本能です。

 

ですから、怒りたくなったのなら

あなたは

「怒る必要があった」のです。

 

そして怒っても

何も環境が変化しないので

あなたは不完全燃焼のまま

怒りの感情を持て余しています。

 

その状態が

あなたが、イライラ、モヤモヤする!と

表現している状態です。

 

怒りについて知ること。

トラウマについて知ること。

 

 

あなたが楽になるためには

トラウマの知識を得ることが

第一歩です。

 

意識してみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

優先順位を決められないですか?

 

もし、あなたが

予約した日に部屋に行ったら

 

電気が消えていて

鍵がかかっていて

誰もいなくて

 

電話をかけても

誰も出なかったとしたら

 

そして

何度メールを送っても

何の返事も来なかったとしたら

 

あなたは、どう感じるでしょうか?

 

「侮辱するにもほどがある!」

「二度と頼まない!」

 

そう感じるのではないでしょうか?

 

私は、これを毎日感じています。

 

そう。

予約の無断キャンセルです。

 

茶話会、個人相談、講座など

無料開催のときは

必ず無断キャンセルが出ます。

 

有料開催のときも

料金未払いの

無断キャンセルがあります。

 

私の団体の参加予約は

毎回、20名前後のキャンセル待ちや

満席で諦める方が大勢います。

 

で、当日満席のはずだったのに

ドタキャンの影響で

参加できなかった方が

どのような気持ちになるか?

 

簡単に想像できると思います。

 

レストランや美容院の

予約と同レベルで

考えているのなら

 

はじめから

他のところへ行っていただく方が

良いと思っています。

 

自分の人生の中で

何が一番必要なことなのか

優先順位をつけられないのなら。

 

 

あなたが

どうでもいいと捨てた権利を

 

何十人もの人が

心の底から待ち望んでいたのです。

 

実際のところ

無断キャンセルなどが頻繁な方は

結局、個人相談も継続できず

ドロップアウトしてしまいます。

 

私は、残念ですが

去る人は追いません。

 

「見捨てるんですね!」と

言われることもありますが

 

私は、ドタキャンのたびに

信頼を裏切られた気持ちに

なっています。

 

いくら慣れていて

それが仕事だと思っていても

 

個人相談の前に

過去の履歴を確認して

 

その面談や茶話会のために

何倍もの時間をかけて準備をして

連絡もなく無視されるのなら

 

交通費さえも自腹で

完全無償で

集まってきてくれている

団体のスタッフにも

申し訳がたたない。

 

ドタキャンは、確かに

複雑性PTSDの典型的な心理症状です。

 

でも、そうして

あなたを信じて待っている人たちを

次々と失望させてしまうのは

 

あなたが複雑性PTSDと

本気で向き合う気持ちの

優先順位が

 

まだ、

定まっていないのかもしれません。

 

 

大人なのだから

体調や、仕事や、家族のことで

キャンセルしなければならない

様々な都合があることは

もちろんわかります。

 

そして、キャンセルしたら

嫌われるのではないかという

不安があることも

十分にわかります。

 

そして、キャンセルしても

見捨てられないし

裏切られないという経験を

 

あなたは

私でしようと思えないのなら

私は、あなたには

必要ないのだと思います。

 

ドタキャンがあるたびに

日程調整を繰り返して

 

他の利用者の方に

影響が出ないように調整するのも

 

残念ながら

私や団体スタッフには

事務スタッフや秘書さんがいないので

不可能なことです。

 

相談料を1回1万円くらいに

値上げすれば

 

秘書代行をしてくれる

パートさんくらい

お願いできるかもしれませんが

 

それは、私たちが

考えている支援活動ではないので。

 

先日、団体スタッフと相談して

今後は無断キャンセルの場合は

料金全額を

請求させていただくことになりました。

 

とても残念です。

 

 

 

親が子供に害を与えることを「虐待」だと思っていたら、もう古いです!

「虐待とは親が子供に

危害を加えること」

 

そう信じているのは

昭和世代の人たちまで。

 

では、現代の

虐待についての考え方は?

というと

 

親が誰からも

ケアを受けていない環境が

子供にとっての虐待」です。

 

 

子供は

自分の少ない人生経験の中で

目の前の問題や出来事を

受け取って、感じ取り

理解しています。

 

ですから

なぜ、母親がイライラしているのか

その本当の理由を知りません。

 

人でなし

人格障害

性格破綻者

異常性格

精神異常

 

子供が感じている

親の姿は

そんなところしかありません。

 

子供が大人の状態には

その裏にも意味があると

理解できる様になるのは

 

だいたい10歳くらいからと

言われています。

 

 

このため

母親が、夫婦げんかの後に

「あんたなんか、産まなきゃよかった!」と

あなたに八つ当たりしたとしたら

 

あなたは、文字通り

その言葉を

その意味として

受け取ります。

 

でも、ここに隠れている意味は

「そう言いたくなるほどツライ」という

母親の思いです。

 

ですが、子供には

そんなことは理解できません。

 

この場合、母親が

子供ではなく

支援者に対して

 

「子育てがツライ。誰も助けてくれない」

「夫に育児協力を求めたら拒絶された」と

相談することができたのなら

 

母親は子供に

「あんたなんか産まなきゃよかった!」と

いうことは避けられたのです。

 

 

 

あなたが母親なら

あなたがツライのなら

その環境は、子供にとって虐待です。

 

 

あなたがどんなに子供を

大切にして愛していても

それは、子供には虐待環境。

 

情緒不安定な母親のもとで

安心して暮らせる子供なんて

この世にはいません。

 

大丈夫なフリをしているだけです。

 

 

ではどうしたら良いのか?

子供だけでなく

そもそものもと

 

親がケアを受けなければ

家庭内の虐待問題は

絶対に消えません。

 

 

世間は虐待というと

子供の保護と支援ばかりに

熱心になっていますが

 

もっと大切なことは

子供に安心な家庭を提供できる

母親の心の支援とケアなのです。

 

 

あなたは、母親を恨んでいるかもしれません。

 

では、質問です。

 

その母親を

誰も助けてくれなかったのは

なぜですか?

 

あなたのことを

誰も助けてくれない様に

 

あなたの母親も

世間から無視され続けたのです。

 

人格の問題などではなく

世間が複雑性PTSDという

トラウマの症状を

知らなかったから。

 

トラウマ症状や

トラウマ反応は

それと知らない人には

問題行動や問題思考に見えます。

 

近寄りたくない

害のある人に見えます。

 

だから社会から

見捨てられてしまうのです。

 

そして誰も理解してくれない

苦しみと孤独感の中で

絶望しながら

自分の無価値感を感じながら生きる。

 

 

それが、トラウマを抱えている人の

本当の悲劇です。

 

 

虐待というのは

親が子供に害を与えることではなく

 

親がケアを受けられないために

その影響下で

子供が生き延びなければならないこと

 

 

この環境のことを

マルトリートメント と言います。

 

昔でいう「機能不全家庭」の意味です。

 

 

ですから

悩んでいる親の数だけ

虐待児がいるのです。

 

 

このコロナ禍の時代。

 

悩んでいない親が

どれだけいるでしょうか?

 

 

ということは?

 

そう。

 

世界中の子供は

虐待児だらけということです。

 

虐待を考えるのなら

社会構造自体を考えなければなりません。

 

 

あなたが不幸なのは

親のせいではなく

 

親を見殺しにした

社会の存在と影響があったのです。

 

 

まあ、それでも

親を恨みたい人は

どうぞ思いっきり恨んであげてください。

 

親を恨むことに

エネルギーを消費している間に

あなたが回復する時間は

どんどん消えていきます。

 

そのあたりは

個人の選択肢の問題なので

私からは、何も言いません。

 

 

あなたの人生です。

 

自分で決めてください。