親が子供に害を与えることを「虐待」だと思っていたら、もう古いです!

「虐待とは親が子供に

危害を加えること」

 

そう信じているのは

昭和世代の人たちまで。

 

では、現代の

虐待についての考え方は?

というと

 

親が誰からも

ケアを受けていない環境が

子供にとっての虐待」です。

 

 

子供は

自分の少ない人生経験の中で

目の前の問題や出来事を

受け取って、感じ取り

理解しています。

 

ですから

なぜ、母親がイライラしているのか

その本当の理由を知りません。

 

人でなし

人格障害

性格破綻者

異常性格

精神異常

 

子供が感じている

親の姿は

そんなところしかありません。

 

子供が大人の状態には

その裏にも意味があると

理解できる様になるのは

 

だいたい10歳くらいからと

言われています。

 

 

このため

母親が、夫婦げんかの後に

「あんたなんか、産まなきゃよかった!」と

あなたに八つ当たりしたとしたら

 

あなたは、文字通り

その言葉を

その意味として

受け取ります。

 

でも、ここに隠れている意味は

「そう言いたくなるほどツライ」という

母親の思いです。

 

ですが、子供には

そんなことは理解できません。

 

この場合、母親が

子供ではなく

支援者に対して

 

「子育てがツライ。誰も助けてくれない」

「夫に育児協力を求めたら拒絶された」と

相談することができたのなら

 

母親は子供に

「あんたなんか産まなきゃよかった!」と

いうことは避けられたのです。

 

 

 

あなたが母親なら

あなたがツライのなら

その環境は、子供にとって虐待です。

 

 

あなたがどんなに子供を

大切にして愛していても

それは、子供には虐待環境。

 

情緒不安定な母親のもとで

安心して暮らせる子供なんて

この世にはいません。

 

大丈夫なフリをしているだけです。

 

 

ではどうしたら良いのか?

子供だけでなく

そもそものもと

 

親がケアを受けなければ

家庭内の虐待問題は

絶対に消えません。

 

 

世間は虐待というと

子供の保護と支援ばかりに

熱心になっていますが

 

もっと大切なことは

子供に安心な家庭を提供できる

母親の心の支援とケアなのです。

 

 

あなたは、母親を恨んでいるかもしれません。

 

では、質問です。

 

その母親を

誰も助けてくれなかったのは

なぜですか?

 

あなたのことを

誰も助けてくれない様に

 

あなたの母親も

世間から無視され続けたのです。

 

人格の問題などではなく

世間が複雑性PTSDという

トラウマの症状を

知らなかったから。

 

トラウマ症状や

トラウマ反応は

それと知らない人には

問題行動や問題思考に見えます。

 

近寄りたくない

害のある人に見えます。

 

だから社会から

見捨てられてしまうのです。

 

そして誰も理解してくれない

苦しみと孤独感の中で

絶望しながら

自分の無価値感を感じながら生きる。

 

 

それが、トラウマを抱えている人の

本当の悲劇です。

 

 

虐待というのは

親が子供に害を与えることではなく

 

親がケアを受けられないために

その影響下で

子供が生き延びなければならないこと

 

 

この環境のことを

マルトリートメント と言います。

 

昔でいう「機能不全家庭」の意味です。

 

 

ですから

悩んでいる親の数だけ

虐待児がいるのです。

 

 

このコロナ禍の時代。

 

悩んでいない親が

どれだけいるでしょうか?

 

 

ということは?

 

そう。

 

世界中の子供は

虐待児だらけということです。

 

虐待を考えるのなら

社会構造自体を考えなければなりません。

 

 

あなたが不幸なのは

親のせいではなく

 

親を見殺しにした

社会の存在と影響があったのです。

 

 

まあ、それでも

親を恨みたい人は

どうぞ思いっきり恨んであげてください。

 

親を恨むことに

エネルギーを消費している間に

あなたが回復する時間は

どんどん消えていきます。

 

そのあたりは

個人の選択肢の問題なので

私からは、何も言いません。

 

 

あなたの人生です。

 

自分で決めてください。

 

 

 

感情の名前・複雑性PTSDの人が感情のコントロールができない理由

 

複雑性PTSDという

トラウマに苦しんでいる人は

感情のコントロールが苦手です。

 

なぜなら

自分が感じている

「感情の名前」をつけることが

ほとんど訓練されていないからです。

 

 

 

子供は幼い頃

自分が感じている

不快感や違和感の名前が

よくわかりません。

 

例えば、友達に

おもちゃを取られて

泣いているときに

 

取られて悔しかったのか

取られて怖かったのか

取られて悲しかったのか

 

なんで自分が

泣きたいほど

感情がたかぶっているのか

わからないでいます。

 

 

このとき、お母さんから

「あらあら、悔しかったのね」

「そうか、それは悲しいね」など

 

気持ちを受け取りながら

そのたかぶっている感情に対して

 

「こういう気持ちのことを悔しいというのよ」

「こういう気持ちのことを悲しいというのよ」など

 

なぐさめられながら

その感情に名前を見つけてもらうことで

幼い子供は

今自分が感じている感情の名前と意味を

学習していきます。

 

そして、なぜ自分の中に

そうした感情が生まれたのかについて

混乱せずに

理解していくことができます。

 

 

ところが、転んで泣いていると

「そんなの痛くありません!」

「男の子が泣くんじゃないの!」

「やられたら、やり返しなさい!」など

 

感情が生まれたプロセスを

理解するよりも

 

一刻も早く

その状態を収束させたい親から

 

今感じている感情への

全否定を受けてしまうと

 

子供は感情への名前を

見つけることができず

思考が混乱してしまいます。

 

 

そして、それを繰り返すと

脳の中の危険をキャッチする

扁桃体(へんとうたい)という部分が

過剰興奮をする様になってしまい

 

トラブルがあるたびに

この扁桃体が過剰興奮してしまい

 

自分の手に負えない感情に

圧倒された子供は

 

パニックを起こしたり

問題行動を起こす様になります。

 

この状態を

世間では

 

多動扱いをしたり

発達障害扱いしたり

子供を障害児扱いする様に

なってしまいます。

 

そして、母親は言い訳の様に

「ウチの子、私に似てHSPだから」と

病気のせいにするしか

逃げ道がなくなってしまいます。

 

あなたが感じている

コントロールできない感情には

 

どの様な名前をつけられますか?

 

あなたは、感情を名付ける

単語のボキャブラリーが

とても少ないのではありませんか?

 

「イラつく!」

「ムカつく!」

「傷ついた!」

 

 

これ以外の単語で

自分の気持ちや感情を

説明できたことはありますか?

 

 

あなたが、なぜ

自分の感情をコントロールできないのか。

 

 

それは、自分で感じている

その感情の

名前を知らないからです。

 

 

感情への名付け方。

 

一緒に考えてみましょうね。

 

 

 

 

 

 

 

個人相談の内容を日常生活の中で実践していますか?

 

複雑性PTSDの元虐待被害者は

努力家さんや

がんばりやさんが多いので

 

個人相談の中での宿題を

みなさん とても熱心に

真剣に取り組んでくださいます。

 

 

でも、なんだか

あれ?と感じることが多いのです。

 

 

夏休みの宿題ではないので

プリント提出したら

それでおしまい!ではないのです。

 

宿題の中で考えたことを

日常生活の中で

実践して

 

その結果が、どうだったのか

それについての

確認や振り返りをするのが

 

本当の意味で

とても大切な作業なのですが

 

宿題提出するために

慌てて予約日の前日や

直近の休日に

ササっと書き上げて

 

わからなかったら

次の予約で聞けばいいや。

教えてもらお♪で

終わってしまっている方が

残念ながら、多過ぎな気がします。

 

 

私の進め方に問題があるのか

結局、自分の生活を

変える気などない状態で

 

ツライんです〜という

気持ちを聞いてもらうことだけで

スッキリしたいのなら

 

別に私でなくても良いのでは

ないのかな?と

思ったりもしています。

 

うちの団体には

そうしたお気持ちをうかがう

専門のスタッフが

たくさんいますしね。

 

今月から

私は、心理療法の専任になったので

そうした

「宿題の課題提出したら

遊びに行ってきま〜す♪」な方々

 

本当に大丈夫だろうか?と

かなり心配しています。

 

「わかった!」では、ダメなのです。

「やってみたよ!」でなければ

不幸のループは終わらないのです。

 

わかった!と

実際にやれた!できた!が

セットにならないのなら

 

使っているお金と時間

無駄になってしまいます。

 

 

その状態には

今後、私は残念だけど

お付き合いすることができないので

 

結構

 

かなり

 

本気で

 

心配しています。

 

 

 

私の所属団体から

お送りしているメルマガに

 

 

これまでの個人相談の内容の

見直しプランのご案内が出ています。

 

まだ、申し込み

間に合いますから

メルマガ確認しておいてくださいね。

 

 

メルマガ読んでいない方は

登録しておいてください。

 

 

ご存知だと思うので

メルマガ登録のための

リンクは貼りませんが

 

個人相談は

その内容を日常生活の中で

実践してこそ意味があるのです。

 

 

もう、私なしでも大丈夫ですか?

 

 

回復度合いの進捗状況を

ご自身でチェックしてみてくださいね。

 

 

 

 

自分が「修理されている」ような気分への違和感

 

○○療法という言葉から

受け取る印象は

 

「心理療法という道具を使って

自分の心を修理されること」

なのかもしれません。

 

心の中に

何らかの傷(欠陥)があり

 

その修復のために

道具を使って修理される。

 

そして、修理された以上

直らなければならない。

 

治るべき。

 

なぜなら

直らなければ

自分は、真っ当な人生を

歩むことのできない

 

不完全な人間として

一生を終えなければならないから。

 

そう感じている人も

多いことでしょう。

 

複雑性PTSDというトラウマの症状は

「〜〜するべき!」

「〜〜でなければならない!」

という信念が

 

とても強固になってしまうから。

 

私が行っている

認知処理療法を基礎とした

個人相談に対しても

 

医療現場での

押し付けの心理療法と

 

同じような感覚を

持っている人も

大勢いると思います。

 

「させられる!」という感覚。

 

 

あなたは、いつも

自分の大切な時間を

失ったことへの

 

壮絶な喪失感の中にいます。

 

そして、その喪失感を

嘆き悲しんでいます。

 

この状態を

悲嘆(グリーフ)といいます。

 

決して取り戻すことができないと

気付いた瞬間に

 

あらためて

その大切さや

かけがえのなさに気付く。

 

そして、大切にできなかったこと

大切にしてもらえなかったことへの

怒りや後悔や悲しみが生まれてきます。

 

これは「悲嘆反応」といって

とても正常な心理状態です。

 

そして、この悲嘆反応を

落ち着かせるために

何が必要か?というと

 

喪ったものを弔う(とむらう)作業。

 

お弔い(おとむらい)

 

これを「喪の仕事(Mourning Work)」といいます。

 

身近なところで

経験があることの例でいうなら

「お葬式」です。

 

葬儀は、ありし日の故人を偲び(しのび)

その存在が

いかに尊く大切なものであったかを

あらためて確認していくことで

 

その存在を喪ったことへの

嘆きや悲しみを

自分の中で確信として受け止め

 

その人の存在から受け取った意味を

自分の中で

未来へと育て つなげていく作業。

 

それが、お葬式に代表される

「喪の作業」になります。

 

これと同じことが

私の個人相談の中で行っている

認知処理療法の中の

トラウマナラティブの語りです。

 

あなたの人生の中の

トラウマティックな出来事の中で

あなたが喪ったかけがえのないもの。

 

得られなかったもの。

 

それを喪ったことで

あなたが抱えている影響や痛み。

 

それを言葉にすることで

語りながら、あなたの中にある

悲嘆への経験に

 

人生を生きる中での

「意味」を見つけていく。

 

その経験に

「意味」を育ててあげるのです。

 

難しい話になりますが。

 

 

この「意味」を見出していく作業が

私との対話ですが

 

この対話について

認知処理療法という単語で

説明をすると

 

とたんに

「やらされてる感」が

ワッと起こってしまうのが

 

複雑性PTSDのトラウマ持ちさんの

一般的な感覚です。

 

わかってももらえないのに

一方的に やらされて

強制されて押し付けられて

 

「あなたが間違っています!」と

叱られる!

 

そう感じる人が、ほとんど。

 

私が相談を受けている

現在の人数は

約500人。

 

多いか少ないかという問題ではなく

私ひとりで

500人分の話を聞くことは

到底 不可能です。

 

なので

ある程度の期限や年限は

設けざるを得ない。

 

私は、親ではないので

その人と

一生 二人三脚することはできない。

 

後続者を見捨てることになるから。

 

私は、ただの支援者で

あなたの人生の友ではない。

 

一時、あなたの人生の中に

何かしらの関わりを持って

 

いずれは消える存在。

 

「大丈夫になるまで支えてください」

というのが心情なのはわかります。

 

では、いつになれば

あなたは大丈夫になりますか?

 

人間は

「もう大丈夫!誰も必要ない!」と

自信を持って言い切れる時など

永遠にありません。

 

常に誰かの存在を感じながら

自分と生きていくのです。

 

私が、年齢と共に

一緒にいる人たちが

変化していったように

 

あなたも

人生の変化と共に

支えてもらう存在は

変化していくのです。

 

私はあなたの中での

通過点であって

支えではありません。

 

そして、私は

道具を使って

あなたを強引に「修理」することもありません。

 

「修理」ではなく

あなたが、どのような形に

「変化」したいのか。

 

それは「創造」という

アートです。

 

あなたの人生は

あなたが価値を見出して

創造していくもの。

 

その作業に向かう

最初の入り口が

「喪の仕事(Mourning Work)」です。

 

 

「いい歳して、今さら」という気持ちを

きちんと喪の作業の中で

整理して意味を見つけてあげましょう。

 

あなたの経験は

あなたにしか わからない

大切な意味を持っています。

 

それが何かを考えるのが

私の行っている

個人相談です。

 

あなたの人生の

出来事の意味を決めるのも

見つけるのもあなた次第です。

 

 

ある患者さんの言葉を紹介しましょう。

 

その人は、30歳になったとき

20歳までに喪ったもの

得られなかったものの

リストを書いていました。

 

そして、ふと気付いたのです。

 

きっと自分は

40歳になったとき

30歳で得られなかったものの

リストを書いているだろう、と。

 

40歳になったとき

得られなかったものの

リストを書くかどうかを

選ぶのは自分自身だということ。

 

何のリストを書くかは

自分の自由だということ。

 

自分の全ては

自分が選んで決めて良いのだということ。

 

そしてリストに書かれたことたちへの

得られなかったことへの

怒りや悲しみや絶望感が

自分にどのような影響を与えていたのか

 

それに、やっと気付けたこと。

 

これは、喪の作業の中で

「つらい自分」を認めてあげた結果

得られたことです。

 

あなたの人生は自分で決めて良い。

 

「修理」ではなく「創造」です。

 

あなたの価値に気付いてください。

 

あなたは、生きている。

 

その存在の意味に気付いて

大切に創造してみてくださいね。

 

 

私だけ幸せでごめんなさい!という気持ち

 

今日は、少し

個人的な話をしてみます。

 

先日の記事にも書きましたが

私は、自分の書いた文章で

読者の勝手な先入観や固定観念で

 

憶測の中で

私の人物像を作られることが

大嫌いなので

 

業務上必要なこと以外

あまり個人的なことは

書いていません。

 

「そういう経験をした加納さんなら

私の気持ち、わかってくれますよね!」

とか

 

「そういう経験をした加納さんじゃあ

私の気持ち、わかりませんよね!」

とか。

 

はあ?

あなた、私を評価して

ジャッジメントして

それで、どうしたいの?

 

とは、言いません。

 

ジャッジメントしたくなるのは

白黒ハッキリして

 

相手が自分にとって

害があるか、ないかを

確認したいから。

 

安心したいからです。

 

で、トラウマ持ちさんは

「有害」と「無害」の

両極しか選べません。

 

◎◎については害があるけど

▲▲については無害、という

 

対人関係の中での

一般的なスキルや経験を

持ち合わせていないので

仕方ないのです。

 

それは、あなたの性格や

人格の問題ではなく

 

複雑性PTSDが作り出す

トラウマ症状(回避思考)だからです。

 

では、表題の話をしましょう。

 

私は、世間から見たら

とても恵まれたお嬢様でした。

 

父は、僧侶。

会社も経営。

 

母は、元海運関連のお姫様。

 

世間からは

「ご立派なご両親でおしあわせね」と

言われ続けてきました。

 

父は、虐待児だったので

感情のコントロールができず

 

今にして思えば

それは完璧なトラウマ反応でしたが

子供だった私にとっては

ただの恐怖の支配者でした。

 

母も、やはり虐待児の過去があり

それに お姫様育ちが仇(アダ)になり

恥をかかされることが大嫌い。

 

常にマウント取れないと

超不機嫌になる。

 

「恥かかせないでよね!」

「みっともない!」

「お里が知れる!」が

母の決まり文句でした。

 

20代の半ば。

私は、日本橋の◎越へ

母と一緒に

仕立て上がった着物を受け取りに

呉服売り場へ行きました。

 

そこで、たまたま

待ち合い席で同席した御婦人が

 

名家に嫁がれるお嬢様の

嫁入り衣装を受け取りに来られていて

 

 

そのお嬢さんは

私と同年代だったようで

 

母とそのご婦人は

話が弾んでいました。

 

「あら、羨ましい。ウチはまだなんですよ〜」

母のその言葉を聞いたとき

 

私は、身体中の血が凍り付くように感じて

完全に思考も身体もフリーズしてしまい

過呼吸の発作、一歩手前でした。

 

そのとき

私の頭の中で鳴り響いていた声は

「玉の輿に乗れなくて、ごめんなさい!」という

私の恐怖に震え、自分を恥いっている

悲鳴のような叫び声でした。

 

あの頃の私は

母の願い通り

玉の輿に乗れない自分は

 

人間として何の価値もないクズだと

本気で思っていました。

 

そして、私のような

何の価値もないゴミが

玉の輿に乗れるはずもないし

 

良家に選んでもらえるわけもない!と

心の底から信じて疑いませんでした。

 

お見合いしても

釣り書きの段階で却下される。

そう思っていました。

 

私の親類は、皆

私を羨ましがりました。

 

いつも、素敵な洋服や着物を着て

お姫様のように育てられて

 

何不自由のない生活で

ご立派なご両親と家柄。

 

嫉妬と羨望の的でした。

 

叔父からも

「由絵は、恵まれているんだから文句言うな!」

「ウチの××子は、大変なんだ!」と

怒鳴りつけられたり、ののしられたり。

 

今なら、

「いやいや、××子ちゃんを

大変な目にあわせてるのオジサンでしょ!」と

説教のひとつもできるでしょうが

 

子供だった私には

叔父の一言はショックでした。

 

幸せで、ごめんなさい。

ツライなんて思って、ごめんなさい。

 

そう思っていました。

 

殴られたり蹴られたり

ネグレクトを受けたり

酒乱の父親だったり

 

そんな わかりやすい虐待が

羨ましくて羨ましくて

仕方がない時期がありました。

 

で、自分で不幸になれば

「由絵ちゃんは幸せでいいわね」なんて

ひどいことを言われずに済むかな?と

 

早く死にたい

不幸になりたいと

そう思っていた時期もありました。

 

そして、何十年も経ってから

私が感じていた違和感は

「マルトリートメント 」という

虐待だったことを知りました。

 

身体的暴力もネグレクトも

性虐待も貧困も親の離婚もなかったけど

 

マルトリートメント という環境が

複雑性PTSDというトラウマを作り

子供の心(脳)と身体を

ズタズタにすることを知りました。

 

そして、今 経験から感じることは

「あなたには、わかりませんよね!」と言われたら

「わかるわけねーだろ!わかるまで、ちゃんと説明しろよ!」

ということでしょうか。

 

私は、あきらめていました。

「どうせ、わかってくれない!」って

頭から決めてかかっていた。

 

わかるまで話に付き合ってくれる人が

人生の中に

一人もいなかった過去が

あったからというのは

 

ずっと後になってから

気付いたことです。

 

虐待被害者は

みんな同じ思考パターンを持っています。

 

それは

「自分への恥と喪失感」

 

それから自分を

どう守るかは

 

その人が生きてきた

人生の歴史の中で形作られます。

 

それが、回避思考や回避行動。

 

トラウマの回復を

最も滞らせる原因です。

 

わかってもらえないから引きこもる。

傷つけられたくないから話さない。

 

世間からは

「だったら、いいわ」と

見限られる。

 

だってね、

みんな自分の人生の中で

必死に生きているのです。

 

あなたの人生のために

生きている人間なんて

この世にいません。

 

子供の頃

それを親に求めていたのなら

大間違い。

 

親は、自分の人生の中でしか

子供を育てることはできないのです。

 

あなたは、親のことを

無責任だの何だのと

恨んだりののしったり

していることでしょう。

 

が、それは

自分が親になった瞬間に

そんな言葉は言えなくなります。

 

どれほどの

プレッシャーや不安や恐怖が

親という役割にのしかかるか。

 

誰も助けてくれない子育てが

どれほど孤独で恐ろしいか。

 

あなたは、知らない。

 

親になることすら

回避したわけだから。

 

結婚も親になることも

現代では、人生の中の選択肢のひとつ。

 

選ぶも選ばないも個人の自由です。

 

でも、これだけは

言えるかもしれません。

 

自分が未経験の分野のことについて

誰かを批判する資格は

あなたにはありません。

 

親を恨む。

上等です。

お墓の中まで恨んでOKです。

 

でも忘れないで欲しい。

 

誰かが必死に生きている姿を

その尊厳を踏みにじる人は

自分の尊厳も平気で踏みにじっています。

 

あなたは誰からも

大切にされていないのでしょう。

 

そう、あなた自身からも

大切にされていないのでしょう。

 

あなたは、ツライと思って良いのです。

 

虐待というのは

「家の中に安心・安全がない」ということ。

 

大人になった今でも

その環境の中にいるのなら

なぜ、そこから出ないのか?

 

そのことを自分に問うてみてください。

 

本当に親が嫌なら

サッサと家を出るべきです。

 

そして家を出たら

親を恨んでいる暇はありません。

 

自分のことだけ考えて

自分の人生を立て直すことだけ

必死に考えてください。

 

親や家を捨ててまで

親の呪縛の中にいるのなら

ただの時間の浪費です。

 

誰かがわかってくれなきゃ

何もできないのではなく

 

あなたは、誰にも

助けも協力も求めていない。

 

どうせムダ!

どうせ無理!

どうせ、私が悪いんでしょ!

 

それ以外

考えられない

狭い思考の中にいるから。

 

で、それが

トラウマ症状だと知らず

自分が悪いと思ってる。

 

傍目から見たら

怒ってばかりの

文句ばかりのクレーマーが

あなたの人物像でしょう。

 

苦しみもがいていて

のたうちまわっている

トラウマに苦しんでいる

その姿は

 

説明するまで

誰にもわかりません。

 

それが、トラウマ症状だと

理解できるのは

ごく少数の

トラウマの知識がある人だけです。

 

だったら、あなたが

その ごく少数の人になれば良い。

 

それで、問題は解決します。

 

加納さんには

私の気持ちは、わからない?

 

そうですね。わかりません。

 

私は、あなたではありませんから。

 

自分の言葉で

自分に何が起きているのかを

自分に説明してあげてください。

 

それが

トラウマからの回復ということ。

 

工夫してみてくださいね。

 

 

「愛着」という言葉は、死後だと知っていますか?

 

 

「愛着障害」という言葉。

被虐待児は大好きですね。

 

「私は、愛着障害なんです!」

「私は、愛着に問題があります!」

 

では、「愛着」って

どういう意味か

知っていますか?

 

愛着の原語は

アタッチメントです。

 

愛着について語るとき

「愛」という漢字を使っているので

 

愛情をもらえないと不幸になる!と

都市伝説のような呪文に

振り回されて

 

自分が不幸なのは

親の愛情が足りなかったから!と

頑なに信じている方

多いですね。

 

トラウマの専門家は

「愛着」という単語は使いません。

 

アタッチメントで

表現が統一されています。

 

理由は、愛情という概念と

区別するため。

 

子供時代に親からの

愛情がないと不幸になる?

 

いえ、それ違います。

 

家の中が安全・安心でないから

子供は不幸になるのです。

 

幼い子供にとって必要なのは

親の愛情ではなく

家庭内の安心です。

 

幼い子供にとって

親は、環境の一部。

 

愛着という言葉を

愛情と勘違いしているから

 

あなたは、不必要に

親を恨むことになります。

 

 

そして、手遅れになります。

 

 

あなたは親を恨むことや

怒りをぶつけることに夢中で

大切な時間を浪費しています。

 

そんなことしているヒマがあったら

1日も早く

トラウマからの回復に

時間を使うこと。

 

50代、60代になってから

「もう手遅れだ!」

「人生終わった!」と

嘆いている方、大勢います。

 

実際は、全然

手遅れなんかじゃないのだけど

 

そう思い込みたいのが

トラウマ持ちさんの

心理パターン。

 

否定的な認知。

ネガティブな未来予測。

 

それ、症状です。

トラウマの。

 

 

親を恨むことと

世間を蔑むことにばかり

時間を使ってしまったから。

 

トラウマが生み出す

最も強い感情は「怒り」です。

 

そして、あなたは

この「怒りの感情」の処理の仕方を知らず

途方に暮れています。

 

そして、たまに

セミナーを受けてみて

結局、何もできずに

撃沈の繰り返し。

 

 

あなたの人生を

人を恨むことへの

怒りに使っていることに

 

確実な意味を感じられるのなら

永遠に親を恨むことだけに

全勢力を注げば良いと思います。

 

せっかく、自分の人生を

取り戻すチャンスがあるのに

 

もったいないと思うけど

 

それは、まあ

個人の選択肢の問題なので。

 

 

人を恨むことも

ある意味「他人軸」です。

 

他者を意識しないと

現在の自分を維持できないってことだから。

 

親を無視できないのは

まだ、親との心理的な

境界線を引けていないから。

 

いまだに親からの呪縛に

がんじがらめになって

苦しむ必要、ありますか?

 

さっさと吹っ切って

次のステージに進みましょう。

 

 

被虐待児は強いのです。

 

サバイバーなんだから。

 

親に、わびて欲しいとか

謝らせたいと思っても

無駄ですよ。

 

生きていた世代が違うのだから

日本の虐待の歴史の

ど真ん中で生きてきた

 

あなたの親に

虐待の意味が

わかるわけないのですから。

 

早めに、捨ててくださいね。

 

親への執着心。

 

スッキリしますよ。

 

 

被虐待経験者が抱える最大の不安「◯◯◯◯◯ない!」

 

先日の記事

ビックリしてしまった方も

大勢あったようなので

最初に、お詫びしますね。

 

ごめんなさい。

 

私が、なぜ

こうした文調で書いているのか?

というと、その理由は

 

「最初から期待満々で来ないでね」

ということ。

 

カウンセリングや個人相談を

利用することに決めて

予約すると

 

どんどん期待が膨らみます。

 

これまでの人生の中で

理解してもらえなかったこと

 

その人生すべての思いを

一気に全部

受け取ってもらう気満々で

来談されることが多いので

 

結果として

「せっかく予約したのに期待はずれ」に

終わってしまうことが

ごく標準的な

初回面談(インテーク)の現実です。

 

 

例えばの話

あなたは、私のブログ記事を読んで

私に対する

先入観や固定観念いっぱいで

来所されると思います。

 

自分で思い描いた私の人物像に

理想と期待が乗っかって

私とは別の人物像が

あなたの心の中に出来上がった状態で

来所されます。

 

私は、あなたが

個人相談に何を期待して来たのか

まったく知りません。

 

私は、あなたとは初対面だからです。

 

あなたは、私のことを

とてもよく知っているつもりでも

私のこと、何も知りませんよね?

 

それと同じように

私もあなたのことを何も知りません。

 

ですから

ひとつひとつ教えていただかなければ

「何で傷つくのか」

「何がつらいのか」

「何で悩んでいるのか」

 

サッパリわかりません。

 

で、一方的に期待されて

一方的に「裏切られた!」と

怒られても

「???」となってしまいます。

 

 

で、これが

トラウマ持ちさんの

共通状態なので

 

私は、毎回毎回

初回面談のたびに

この空気を味わっています。

 

慣れていますし

「トラウマ症状は、そういうもんだ」と

知っているので

別に何とも思わないし

それより怖かっただろうに

よく勇気を出して

ここまで来ることができましたねと

ねぎらいの気持ちでいっぱいです。

 

私は超能力者ではないので

「察してください!」といわれても

説明を受けるまでわかりません。

 

私が、あなたに対して

勝手な先入観や思い込みで

あなたの悩みを決めつけても良いのなら

いくらでもできます。

 

「あなたは、親を恨んでいるんでしょ?

わかるわよ〜。そうよね〜、虐待されたんだものね」

 

「それで、どうやって復讐したらいいか

その相談に来たんでしょ?」

 

私が勝手に憶測で

そう言い切ったら

あなたは、どう思うでしょうか?

 

「バカにされた!」と

憤慨することでしょう。

 

本当に親に復讐したくて

どの包丁が切れますか?って

相談に来たのなら、大当たりってところですが。

 

 

被虐待経験者が抱える最大の不安

「◯◯◯◯◯ない!」

 

答えは

「叱られたくない!」です

 

 

あなたは、大人になった今でも

「叱られたくない!」と

怯え(おびえ)ています。

 

それが人間関係の中で

一番の恐怖だと思います。

 

あなたが感じている

「叱られる!」という状態は

 

自分の気持ちを受け容れてもらえず

否定や拒否、拒絶をされ

しかも、そうした気持ちを持ったことを

バカにされたり、侮辱されたり

自分のことを全否定されたような

不快感や居心地の悪さを感じること

 

この状態の結果

あなたが感じることは

「傷つけられた!」という被害感情です。

 

このため

傷つかずに済むように

相手の意向や気持ちを

 

勝手に先回りして先読みして

わかったつもりで行動して

結果、的外れで失敗する。

 

その繰り返し。

 

で、言い訳に使う言葉が

「だって、私 HSPだから」

 

 

 

あなたには、昔から

絶対にできない行為があります。

 

それは

「質問」です。

 

人間は、自分の意見と

相手の受け取り方に

食い違いがあった場合は

 

その食い違いを相手に問うことで

齟齬(そご)を修正しています。

 

これが、一般的な

対人関係のスキル。

 

誰にでもできることです。

 

なぜ、それが

あなたにはできないのか?というと

 

「叱られるのがこわいから」

 

質問して

嫌な思いをした経験が

子供の頃から半端ないから。

 

そして、質問することは

相手に迷惑をかけることだと

誤った心理学習を繰り返しているから。

 

 

虐待被害者の心理構造は

「加害者になるか」「被害者になるか」

この両極端な権力構造の役割しかありません。

 

責めるか、責められるか。

 

それしか思考できない

認知パターンになっています。

 

子供の頃に

「ごめんごめん。お母さんが悪かったね」と

一度も言ってもらえていない。

 

その経験の繰り返しの結果

あなたは、自分の気持ちを

相手に伝えることも

質問して確認することもなく

 

自らフェードアウトして

いなくなってしまい

人間関係に終止符を打つ

 

その繰り返し。

 

私の面談に来て

私に怒られた経験や

叱られた経験がある人がいるかどうか

 

茶話会の席や

講座の席で

他の参加者に質問してみるといいでしょう。

 

みんな不思議そうな顔をして

少しニヤリとするでしょう。

 

みんな、私のことを

「絶対に、叱られるこわい人だと思って来たら

思いっきり想像と違って肩透かしだった」経験があるから

 

「ああ、あなたも私と同じように

心配してたのね」と

仲間だねという意味で

ニヤリと笑うでしょう。

 

そんな状態を

きっとあなたは

「笑われた!」

「バカにされた!」

「こんな質問しなければ良かった!」と

一人で傷つくことでしょう。

 

 

では、どうしたら良いのか?

 

「え?」と

嫌な気分になったら

ちゃんと質問しましょう。

 

質問せずに勝手に相手を

害のある嫌なヤツ扱いするのは

人間関係にスキルのない

複雑性PTSDに悩んでいる

被虐待児の心理パターンです。

 

あなたが悪いのではなく

あなたの思考パターンは

あなたの生育環境が作ったのです。

 

今からでも修正できます。

 

自分の思考パターンに

気づいてあげてくださいね。

 

 

 

ケアと支援とサービスの境界線*寂しさをどこで処理するか

 

相談を担当していて思うのは

「この方は、ケアを求めているのか

それともサービスを求めているのか」

ということ。

 

ケアとサービスを

業界で区分けするのも

難しいことがあります。

 

風俗も考えようによっては

十分にケアだと感じる人も

あるでしょうし。

 

私が活動をしているのは

支援団体なので

 

ここはサービスを

してもらえる場なのだろうと

誤解している方も

 

たぶん大勢あるのだろうなと

最近、そんなことを感じています。

 

ただ同然の料金で

サービスしてもらえるのなら

そりゃお得ですよね。

 

3,000円の相談料は

カラオケスナックの

2時間飲み放題歌い放題と

おそらく

同じくらいの金額だと思います。

 

私は、カラオケスナックの

ママさんのような

サービス」はできません。

 

お客さんをいい気分にして

「また来てね♪」と

ニッコリと送り出す

 

そういうサービスは

残念ですがしていません。

 

私がしていることは

情報提供と心理支援。

 

では、具体的に

心理支援=ケアって

何をするのでしょうか?

 

 

これは、支援者にとっても

とても難しい問いです。

 

私たちの団体

私がしている活動は

 

当事者が自分についての

正確な情報と知識を得て

 

自分のあり方について

模索し、方向性を持つまでの

見守りと付き添い

 

それが

私たちが行っている

支援=ケア です。

 

世の中で流行っている

「寄り添い」ではありません。

 

そんなベタベタと

密着した関わりではなく

適度な距離を保ちつつ

 

痛いと言われても

傷を手当てするために

必要な痛みは

感じていただかなければならない。

 

その痛みと向き合うための

準備ができるまでは

強要しない。

 

否定も強制もしないけど

仲良しにもならない。

 

永遠に他人です。

 

居るけど居ない人。

 

それが、私たちの

存在、役割です。

 

 

被虐待児だった人は

支援とサービスとケアを

混同してしまう傾向が

あるような気がしています。

 

あなたが受けたいのは

支援なのか

ケアなのか

サービスなのか。

 

サービスを受けて

良い気分になりたいのなら

迷わずサービスを選んでください。

 

私たちは

サービスはしません。

 

心にもないお世辞も

おべっかも使いません。

 

思いやりを持って

見守り、付き添うだけ。

 

あなたの人生は

あなたにしか生きることはできないし

あなたにしか動かすことはできない。

 

そのための情報提供と

準備期間のケアや支援を

サポートするだけです。

 

サービスを求めているのなら

サービスが主目的な業種を

選ぶと良いと思います。

 

絶対に

あなたを失望させることは

ないと思うので。

 

最近は

会話風俗(昔のテレフォンセックス)の

セラピー版も

 

多数、乱立しています。

 

そうした勘違いクライエントを

排除するために

「利用者女性限定」の

電話相談も多数あります。

 

まあ、昨今は

性別で区別しても

解決しない問題も多数ありますが。

 

なめられるのは大嫌いなのに

なめられたい人が多いような。

 

人間は

不思議な生き物ですね。

 

だからこそ

そうした業界は太古の昔から

ずっと必要とされていたのでしょう。

 

利用する先さえ間違えなければ

十分、効果があると思うので

 

ご自身に一番フィットする先を

選択されると

良いのかな?と思います。

 

うちは非営利なので

客商売はしていません。

 

なので

サービスはありません。

 

 

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1 複雑性PTSDに悩むお子さんがいる方限定の茶話会です。

2 守秘義務厳守です。参加者同士で個人情報のやり取りはできません。

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4 本名を名乗る必要はありませんが、ビデオ・音声利用でお願いします。

最後にひとこと

この世の中に、完璧な親は存在しません。

不安の中で、必死に子育てをしてきたのに

他の家庭と、何が違っていたのだろうと

自分を責める気持ち

お子さんからの憎しみ

謝罪を要求する

怒りの攻撃に疲れ切っていませんか?

自分のことを不完全な

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自分の中のトラウマと

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参加方法

 

この茶話会は、定期開催のオンライン茶話会です。

 

 


 

 

 

開催日時:毎月第一金曜日 午前10時から11時30分

 

定員:6名まで

 

参加資格:複雑性PTSDに悩む子供を持つ親

 

参加費:1,000円(事前振込)

 

予約方法:web予約のみ

 

〆切:毎回定員になり次第終了

 

 


 

茶話会進行役(ファシリテーター )

団体代表 臨床傾聴士

 

 

皆さまのご参加をお待ちしています。

 


 

詳細、お申し込みは、こちら。

 

 

 

あなたの認知パターン*不幸な気持ちになる言葉を選ぶクセ

 

 

今日は、少し難しい話をします。

私の面談や講座を受けていないと

わからないかもしれません。

 

わからない時は

無理せず、スルーしてください。

 

過去の記事にも

類似記事がありますので

よろしかったら参考にしてください。

 

 

現実の出来事に対して

 

その出来事の意味を

どのように受け取るか?を

「認知」といいます。

 

認知症の認知とは違います。

 

現実の感じ方や

受け取り方のことを

心理用語で「認知」といいます。

 

その出来事は あなたにとって

どのような意味でしたか?

ということ。

 

例えば

「きれいだね」と言われたとします。

 

その出来事は

聞いた人によって

 

「褒められた」

「喜ばれた」

「叱られた」

「バカにされた」など

 

ひとつの状況であっても

受け取る人の数だけ

感じ方は違います。

 

なぜ、そうしたことが

起きるのか?というと

 

その出来事が起きる瞬間までの

その人の人生経験のすべてが

 

その出来事の受け取り方の意味を

決めているからです。

 

 

そして

相手が、誰だったかによっても

その出来事の意味は変わります。

 

大嫌いな母親に言われたのなら

「バカにされた!」

「侮辱された!」

「また、上から目線だ!」と

感じるかもしれませんし

 

大好きな交際相手から言われたら

「愛されている」

「褒められた」

「うれしい」と感じるかもしれません。

 

つまり、目の前で起きた出来事は

あなたの受け取り方(認知)次第で

その意味は、無限の意味を持つということです。

 

下図は、私が担当している

講座の資料からの抜粋です。

 

 

 

 

虐待被害を経験すると

現実認知に歪みが生まれることは

いろいろな情報に出ているので

ご存知だと思います。

 

具体的に、「認知のゆがみ」とは

どのようなことか?というと

 

「何でもかんでも

自分がつらくなるように

現実を受け取って

意味付けしてしまうパターン」

 

のことです。

 

 

例えば

母親がニヤッと笑っただけで

 

「バカにされた!」

「見下された!」など

自分がつらくなるような

出来事の受け取り方をしてしまう状態。

 

この話をすると

「だって、ウチの母親は

そういう人間ですから!」と

 

いきなり怒り出す方

けっこう多いです。

 

確かに、お母さんは

そういう人なのかもしれませんが

 

あなたは、この現実認知のパターンで

「みんな、そうだ!」と

過度の一般化をしてしまっています。

 

過度の一般化というのは

「一人がそうなら、みんなそう」という考え。

「親父ってさ〜」

「オバさんてさ〜」と

 

少ない経験を元にして

 

その属性を持つ人や状態は

すべて同じだと決めつけてしまう

認知・思考パターンのことです。

 

そして、さらに

あなたが苦しむパターンがあります。

 

それは、現実を受け取るときに

ネガティブな気持ちになる単語や

言葉ばかりを選んで

その出来事を説明していることです。

 

 

あなたは

気持ちが明るくなるような

ハッピーな単語を選ぶことを

無意識のうちに避けています。

 

なぜなら、自分には

そんな言葉や単語を選んで

使える資格がないと思っているから。

 

自分に不釣り合いな単語を

無意識に避けているのです。

 

なぜなら、あなたは

自分なんて人間のクズだと

心の底から信じているから。

 

そして、そんな気持ちにした

親や世間を恨むことしか

あなたにはできない。

 

女性が占いに凝ったり

運命論者になりやすいのは

この認知パターンが強固だから。

 

「どうせ〜〜!」

「絶対〜〜!」

 

考え方に柔軟性がない。

 

いきなり結論に飛躍する。

 

「私は、そういう運命なんです!」

そう言い切って終わり。

 

そういう運命になってしまうのは

自分の置かれた状況への意味付けを

自己判断で決めつけているからです。

 

被害を受け続けると

被害者は

「自分だから、この被害を受けるのだ!」という

歪んだ確信を持つようになります。

 

被害者なのに被害についての

責任を感じるようになるのです。

 

そしてその自責感から逃れるために

「そういう運命だから仕方ない!」と

気持ちに言い訳をし始めます。

 

言い訳したところで

その理不尽な人生に対して

何の納得もできていないのに、です。

 

あなたの思考パターンが

負のループと

ネガティブ思考の繰り返しなのは

 

「状況を説明するときの単語の選び方のクセ」

 

これに気づいていないからです。

 

わざわざ、自分が苦しくなるような

自分がみじめになるような

自虐的な単語ばかりを選んで

話すクセがついているから。

 

「どうせ、私なんて!」

「今更、自分なんて!」

 

この思考が、あなたを

自責感と恥でいっぱいな

ひねくれた人格を作っています。

 

この状態が

複雑性PTSDという

トラウマ症状のせいで生まれた

不幸の認知パターンだと知らず

 

自分の性格だと思っていたり

どうしようもない自分の情けなさだと

思っている人は

 

いますぐ、トラウマの影響で

どのように思考パターンが

ダメージを受けるかについての

知識を得るようにしてください。

 

 

あなたが苦しんでいるのは

すべてトラウマ症状です。

 

トラウマは、性格や人格や

思考パターンや現実認知を

グチャグチャにします。

 

あなたの今のつらさや感情は

あなたが自分で作っているのではなく

トラウマ症状です。

 

トラウマの症状には

「感情」も含まれます。

 

あなたの、その感情は

症状です。

 

あなたが悪いのではありません。

 

トラウマについての

正しい情報を手に入れて

あなたを楽にしてあげてください。

 

 

下記に無料で視聴できる

トラウマ講座の動画があります。

 

だいぶ前に作ったものですが

お時間があれば参考にしてください。

 

(再生時間は90分です)

 

 


 

【無料動画】複雑性PTSDこころのケア講座・概論