「虐待」の意味を知らない人が多過ぎて

 

久しぶりの更新です。

何日ぶりか忘れてしまった。。

 

 

日々、バタバタしています。

 

私が暇になったら

世の中

どんなに幸せだろうと

 

自分の忙しさを

いろんな意味で嘆いている

今日この頃です。

 

私が忙しいということは

苦しんでいる人や

悩んでいる人が

たくさんいるということだから。

 

医者と坊主と心理職は

暇に越したことはないのです。

 

はい。

 

 

毎日、個人相談を受けていて

世の中の「虐待」への認識が

 

メディアに影響受け過ぎてるなと

嘆かわしく思っています。

 

ニュースで報道されている

あれらの虐待関連の情報は

 

あれは、すでに「犯罪」です。

 

あれを「虐待」だと思うから

 

「自分は、大したことないのに

この程度で悩んでいて申し訳ない」なんて

 

いらない罪悪感で

悩むことになります。

 

虐待というのは

子供が無防備でいても安全だし安全だと確信できない環境の総称」です。

 

この環境のことを

ひと昔前までは「機能不全家庭」と

呼んでいました。

 

 

が、ここで問題が出てきます。

 

「機能が不全な家庭ではない家庭」にも

子供が安心、安全を信じられない環境が

たくさんあります。

 

例えば、父親が酒乱で

借金まみれで

ギャンブルやパチンコ依存で

女グセが悪くて

母親に暴力・暴言の嵐なら

 

誰が見てもDV家庭だし

その過程は機能不全家庭でしょう。

 

そんなわかりやすい家庭

昭和の話です。

(今もあるけどね。。)

 

ですが

そんな機能不全家庭は

氷山の一角。

 

海の上に出ているから

目立つだけ。

 

海の下に沈んでいる

家庭内の問題の方が

 

はるかに層は厚いし

被害も膨大です。

 

 

では、海の下

氷山の残りの部分には

 

どのような状態が

隠れているのか?というと

 

父親の生育歴の問題

母親の生育歴の問題

父親の家系の問題

母親の家系の問題

戦争経験の問題

父親の社会的問題(職場、人間関係)

母親の社会的問題(仕事、育児、人間関係)

夫婦間の不和

嫁姑問題

養子跡取り問題

地域住民との問題

介護、障害、差別などなど。

 

一言でいうと

親がケア(支援)対象者なのに、誰にも支援を受けていない状態」は

すべて子供にとって

「虐待」=「機能不全家庭状態」です。

 

親として機能できない条件があり

親自身が自分のことで精一杯で

子供の気持ちにまで関わる余裕がないこと。

 

この状態を

「情緒的ネグレクト」といいます。

 

これ、虐待です。

 

 

あなたが

親がわかってくれなかったと

感じた経験があるのなら

 

それは、情緒的ネグレクトという

立派な虐待です。

 

そして、ここで

気付いた方もあると思いますが

 

「虐待は、どの家庭にも必ずある」

 

ということ。

 

言われたこと、ありませんか?

「そんなの、誰にだって経験あるじゃない」って。

 

問題は、情緒的ネグレクトがあった後

傷ついた子供へのフォローがあったかどうか?です。

 

フォローというのは

支援や援助のことです。

 

介入といってもいいでしょう。

 

これは大袈裟に考えれば

児相の介入ですが

 

すべての家庭に

児相が

乗り込んでくるわけじゃないですね?

 

親に聞いてもらえなかった話や気持ちを

他の誰かに拾って受け取ってもらえれば

子供は、そこで命拾いすることができます。

 

救われるのです。

 

それが、あったかなかったか。

 

それが、複雑性PTSDが

悪化するかどうかのわかれ道。

 

 

 

あなたが今苦しんでいるのは

ロクでもない親に育てられたからではなく

 

親がロクでもない状態になる程

追い詰められて

切羽詰まって苦しんでいる最中に

 

誰にも助けを求めなかった親と

誰にも助けてもらえなかったあなたが

 

世間から放置されたまま

時間が過ぎてしまったことです。

 

なぜ、親は支援を求めなかったのか?というと

「自分でなんとかしなくては!」と

思い込んでいたから。

 

あなたの親がバカだった訳ではなく

「困っているときは、人に相談して助けてもらう」という

文化のない家庭で育ったか

 

そうすることに

激しい恥の気持ちや後悔を

経験した過去があったから。

 

 

父親の酒乱を責める人は多いですが

酒乱は問題じゃないのです。

 

なぜ、父親は酒乱になったのか?

何が、父親を酒乱にしたのか?

 

問題は、そっちです。

 

こうした家庭環境のことを

昔は、「機能不全家庭」と呼びましたが

 

現在は

「マルトリートメント 」といいます。

 

マル(悪い・不適切)

トリートメント(関わり)

 

という意味です。

 

 

大人から子供への

悪い・不適切な関わり

 

不適切な心身の成長発達環境の総称が

マルトリートメント 。

 

 

そして、その環境で生きている子供は

虐待児です。

 

その生き残りサバイバーが

大人になった、今のあなたです。

 

 

子供の頃に受けた虐待(マルトリートメント )被害で

子供が複雑性PTSDというトラウマに苦しみ

大人になっても、健全な社会生活が送れず

 

さまざまな精神疾患のような症状に

悩まされ続け苦しまなければならないことが

正式に医学会で認められたのは

 

2018年の6月です。

たった2年前なのです。

 

それ以前の虐待被害を受けた子供たちは

自分がなぜつらいのかもわからず

 

誰にも説明してもらえず

 

バカにされ

ののしられ

侮辱され

排除されて

 

ひっそり生き延びるしかありませんでした。

 

傷ついた心のまま

答えの見つからない迷路の中で

 

もがき苦しみながら

希死念慮に耐えるしかありませんでした。

 

 

虐待というのは

子供の心が

いつも緊張している状態のことです。

 

だから、疲れるのです。

 

そして誰も

それに気付いてくれないから

怖くて、寂しくて、悲しいのです。

 

トラウマについて

複雑性PTSDについて

正しい知識を身に付けてください。

 

あなたが回復するための

大切な第一歩です。

 

 

7・8月の個人相談の予約受付を終了しました

 

いつも、当サイトへお越しいただき

ありがとうございます。

 

7月、8月の新規の

個人相談のご予約は

受付を終了させていただきました。

 

現在、継続中の

相談利用者の方には

 

次回の個人相談の際に

8月以降の日程について

ご相談させていただきます。

 

今後の新規予約の受付は

所属団体のメルマガ

ご案内させていただきます。

 

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

インプットしたら、ちゃんとアウトプットしないと回復できないよ?

 

個人相談の場で

私は、いろんな話をします。

 

いろんな話をうかがいます。

 

個人相談の話の内容は

 

  1. 心理教育

  2. トラウマナラティブ

  3. 現在の問題

 

大きく分けると

この3つにわかれます。

 

心理療法の認知処理療法とかは

これ以外の話。

 

悩んでいる人は

すぐに療法とか技法にばかり

関心を示すけど

 

いきなり

ハウツーに飛びついても無駄です。

 

ハウツーが理解できるようになるためには

最低限、この上の3つと

向き合うことが必要だから。

 

 

心理教育というのは

あなたの心の状態の

成り立ちについての

セラピストからの説明。

 

医学的根拠についての

当事者が回復するために必要な

学術情報としての知識のこと。

 

なぜ、つらいのか。

どうしたら楽になれるのか。

など、

トラウマと心についての解説です。

 

この心理教育の日は

セラピストが話す時間が長い。

説明だから。

 

たまに、これしかしない

セラピストがいます。

 

自分の知識に酔ってしまい

勝手に悦にいってしまう人。

 

利用者が、説教されたと

感じさせられることが多いケース。

 

毎回毎回

セラピストの話が

相談時間の6割以上だったら

 

そのセラピストは

やめた方がいいです。

 

そのセラピストは

自分が気持ち良くなりたいだけだから。

 

その次の

トラウマナラティブというのは

あなたのトラウマティックな

人生経験のストーリーの確認。

 

ナラティブというのは

人生のストーリーのこと。

 

つまり

トラウマが生まれるような

人生の物語についての確認です。

 

これは

あなたが話さなければ

先に進めません。

 

みなさん

これが一番燃えるようですね。

「ああ、カウンセリング受けてる!」って

感じられる瞬間のようです。

 

いかにつらい人生だったか。

どんなにひどい目にあわされてきたか。

 

思う存分自己開示して

気持ちを吐き出して

スッキリした気分になれる。

 

これやらなきゃ

こちらとしても

相談を進めようがありませんが

 

この吐き出し作業が

あまりにも気持ち良すぎて

 

そこから先に進めない人

非常に多いです。

 

毎回毎回

共感と同調を求めるだけで

時間が終わってしまう人。

 

ただ しゃべって

スッキリしたいだけなら

私でなくても良いと思う。

 

トラウマの知識がない人だって

「それはお気の毒でしたね」って

 

話 聞くだけなら

いくらでもできるんだから。

 

 

気持ちを吐き出して

スッキリしたいだけの人は

 

申し訳ないですが

私はお断りしています。

 

まあ、確かに

しないよりは、した方が

数百倍良いのは事実だけど

 

その気持ちの吐き出し作業は

何を目的・目標として

行っているのか

 

わからずにしているのなら

それ、ただの感情のお漏らしだから。

 

カウンセリングの場で

「話す」という作業は

目的があります。

 

それ知らずにやったり

やらされたりすると

 

トラウマ刺激し過ぎて

症状を悪化させる可能性があるので

注意が必要です。

 

ただ話せばいいってもんじゃないのです。

トラウマの場合は。

 

 

最後の現在の問題というのは

あなたの

「現実認知パターンによる社会的な問題」について。

 

あなたが使っている言葉を

そのまま使うとしたら

「対人問題」とか

「人間不信」とか

「未熟・不完全な自分」とか

そんなことです。

 

 

人間、自分一人でいるときは

素っ裸だろうが

失禁してようが

 

あとで自分で何とかすれば良いだけで

さほど困ることはありません。

 

が、これが

自分以外の人が

一人でもいたら

 

その瞬間から

素っ裸や失禁についての

気持ちは変わってきます。

 

このとき、心に浮かぶのが

あなたオリジナルの

現実認知のパターン。

 

恥ずかしいと思うか

みっともないと感じるか

お前のせいだ!と怒り出すか

ひどい!と泣き出すかは

 

あなたの人生の物語

トラウマナラティブが

影響しています。

 

で、ここからが本題ですが

せっかく個人相談の場で

いろんなことをインプットしても

 

アウトプットせずに満足している人

多過ぎます。

 

インプットというのは

情報を受け取ることですが

 

受け取った情報を

実際に実行・行動するのが

アウトプットです。

 

あなたのパターンは

いい講座を受けた

セミナーでいい話を聞いた

個人相談で納得できた

 

までは、いいでしょう。

 

で、それを

実践していますか?

 

アウトプットというのは

実践するということ。

 

実践してみないことには

それが、自分にとって

どのような効果があることなのか

永遠にわからないままです。

 

 

「知ってること」と「できること」は、別です。

 

そして、やらなかったこと

実践しなかったことの情報を

脳は記録にとどめません。

 

例えるなら

料理番組で

美味しそうな料理レシピを観ても

一度も作らなければ

そこからあなたが得ることはありません。

 

せいぜい

「知ってるよ」と

誰かにドヤ顔するくらいが関の山。

 

「じゃあ、作って」といわれても

自信がなくて作れない。

 

それが、あなたの現状です。

 

 

個人相談やカウンセリングは

気持ちを吐き出す作業をするだけの場ではなく

 

自分が現実の中で

抱えている問題について

どのように実践することができるかを

語りながら確認して考える場です。

 

そして、それを

サポートするのが

セラピストの役割。

 

あなたの実生活の中に介入して

手取り足取り

生活環境を改善するのは

 

ソーシャルワーカーや

ケースワーカーや

公的な介入権限を持っている職種の人。

 

で、そうした職種の人間が

人手不足だから作った資格が

公認心理士です。

 

法的介入権限を行使できる職域。

 

けど、まだ公認心理士は

今のところ、活動できる職域が

はっきり定まっていないので

 

現職の人たちの補助資格的にしか

効力を持てていなかったりします。

(その話は、いいか)

 

あなたは泣き付いたら

金八先生みたいに

駆けつけてくれる支援者を

求めているのかもしれません。

 

が、それは支援とはいわない。

ただの介入(余計なお世話)です。

 

なぜ、余計なお世話なのか?というと

複雑性PTSDやアダルトチルドレンで

悩んでいる人たちは

 

支援者やセラピストに

そうした支援を期待するので

 

だんだん、支援者やセラピストに

見捨てられないように

 

支援者の前でいい子ぶったり

できているフリをするようになります。

 

見捨てられ不安ってヤツ?

 

見捨てられ不安というと

相手が悪いように聞こえますが

 

相手のご機嫌取らなきゃ

嫌われる!という信念が

あなたの中にあるから。

 

なぜ、嫌われる、捨てられると

考えているか?というと

 

自分には、価値がない!と

ものすごい確信度でいるから。

 

で、それが

自分の性格だと勘違いしているから。

 

それ、トラウマ症状のデフォルトです。

 

トラウマ持ちの人

みんな、同じ。

 

みんな自分には価値がないし

資格もないし

生きている価値がない!って

思ってる。

 

だから、せっかく

個人相談の場で

インプットしても

アウトプット(実践)ができない。

 

で、たまに実践しようとすると

勢いつけ過ぎて

マジ切れして誰にも相手にされなくなって

以前よりもひどい状態に突入する。

 

救いようがないですね、困ったもんです。

 

マジ切れしないと

アウトプット(実践)できないのは

理解していても納得できていないから。

 

じゃ、どうしたらいいのか?というと

 

個人相談で得た知識や情報や

自分が考えたことや感じたことを

文字にして書き出してみましょう。

 

そうすると

自分が、何がわかっていないのか

何を、より知りたいのか

 

何が解決すれば

インプットしたことを

実際の生活の中で実践できるのか

整理することができるようになります。

 

個人相談やカウンセリングは

セラピストと一緒にいる時間より

終わってからの時間の方が長いし重要です。

 

セラピストに

お利口さんぶるよりも

どうしたら実践できるのかに

意識をスライドしてみましょう。

 

そのアウトプット(実践)で得られた経験は

あなたに納得と達成感と誇らしさを

もたらしてくれる大切なものとなります。

 

あなたは、どのように

インプットした情報を

アウトプットしてみたいですか?

 

考えてみてくださいね。

 

 

 

オススメの映画2本

1本目は

「ISORA 多重人格少女」

(なぜか、これ YouTubeで映画全編を観られる^^;いいの?)

 

性虐待被害者が

今で言うところの解離性障害になり

 

その子の中に

阪神淡路大震災の最中

 

幽体離脱した他人の魂が

紛れ込んでしまうという話。

 

阪神淡路大震災については

安克昌先生の

「心の傷を癒すということ」に

解離性障害についての話があり

 

阪神淡路大震災と

解離性障害が

 

なぜか

セットで扱われるよな?と

思わされた作り話の映画。

 

 

2本目は、「めがみさま」

 

偶然出会ったセラピストが

自信のない女の子の

運命を変えてくれる話。

 

だけど、これに出てくる人たち

みんなイタ過ぎ。

◯チャンネル風に書くと、板杉?

 

この映画見て

「その通りだ!」と

ワクワクした人。

 

気持ちは

わからなくはないけど

痛すぎますから、気をつけましょう。

 

胡散臭い自己啓発セミナーに

大金注ぎ込んだ経験がある人は

 

その時の高揚感を

思い出せるかもしれません。

 

そして、その後の後悔と

無駄じゃなかったと

自分を慰める行為を

思い出すかもしれません。

 

こういう映画が

作られるようになったということは

 

世の中、そういう人たちが

いろんな意味で

市民権を持ち始めた証拠でしょうね。

 

何にしても

あまりにも痛すぎて

 

見終わったあと

情けなさしか残らないというか。

 

自己啓発する時間があったら

トラウマについて

きちんと調べて学んでね、と

そう思わされる映画。

 

主人公の女の子は

シングルマザー?家庭の

マルトリっ子(被虐待児)

 

その母親は

典型的な複雑性PTSD。

 

この母親のことを

世間では「毒母」というだろうけど

 

この母親の精神構造は

紛れもないトラウマ症状。

 

現実認知に傷がついている状態。

この母親も、誰かによる被害者。

(この映画では、その誰かまでは出てこない)

 

この映画を見て

「こうはなりたくないね」と思えるか

「これ、自分だ」と思うかは

見方次第。

 

 

 

お時間がありましたら、どうぞ。

 

 

 

あなたが大人になっても不幸なのは「感情」の意味を知らないから

 

私は

おめでたい人が

大好きです。

 

バカな人。

大好きです。

 

おめでたい人

バカな人は

 

人からバカにされたり

軽蔑されることを恐れず

 

堂々と自己表現して

自分を偽らずに

生きているから。

 

取り繕ったり

隠したり

装ったりせずに

 

正々堂々と

自分と結果を

受け容れるだけの

 

自信と確信の中で

生きているから。

 

 

 

「あんた、バカじゃないの?」と

言われた瞬間に

 

人間が感じることは

「侮辱」です。

 

ののしりです。

 

侮辱というのは

「尊厳の軽視」

 

尊厳というのは

人として当然の

プライドのこと。

 

お高くとまることが

プライドじゃありません。

 

人として大切にされることが

プライド(尊厳)の意識です。

 

あなたが何か出来事にあうたびに

「笑われた!」

「バカにされた!」

「侮辱された!」

と感じる被害妄想の塊なのは

 

子供の頃から

あなたが感じていることを

そのままの状態で

「そうなんだね」と

受けてくれる人がいなかったから。

 

「何言ってんの!」

「バカじゃない?」

「痛くなんかありません!」

 

そうやって

否定され続けてきたから。

 

自分の意思や感覚を

尊重してもらえないから。

 

その状態は「侮辱」です。

 

失礼な行為でしょ?

それって、単純に。

 

だから、イライラするのです。

 

ということで

やっと今日の「感情」の話に

たどり着けたわけですが

 

なんで、あなたは

侮辱されたり

相手から失礼な態度をされると

 

イライラしたり

怖くなったりするか

わかりますか?

 

そんなの当たり前だ!と思っているから

あなたは大人になっても

不幸なままなのです。

 

じゃ、質問。

 

感情って、何ですか?

 

これ、私のブログとか

過去のメルマガとかを

読んでくださっていた方なら

 

絶対、答えられないと

おかしい質問なのですが

 

「感情というのは、環境に対する対処行動をうながすための情報のこと」

 

はい。

すぐに答えられた人

手あげて〜!

 

あのね。

感情というのは

気持ちのことじゃないんです。

 

そもそも気持ちって何?

 

あなたの言う「気持ち」っていうのは

あなたの意思のこと「考え」のことです。

 

考えるしか能がないから

あなたは不幸なままなのです。

 

環境に対する対処行動っていうのは

「逃げるか」「戦うか」「フリーズするか」

ってこと。

 

つまり、生存本能です。

 

自分がいる環境が危険なら

逃げるか、戦うか、死んだフリするかね?

瞬時に選択する必要があるわけですよ。

 

で、それするのが

「今でしょ!」って

あなたに気づかせるために

脳が作り出している刺激情報が

「感情」です。

 

だからね、感情を

コントロールなんかしちゃ

絶対ダメなんですよ。

 

危険のど真ん中にいるときに

お花畑な感情だったら

一発で死ぬでしょ?

 

アマゾン川でピラニアの群れに

食いつかれているときに

「ああ、気持ちいい〜♪」って

ヘラヘラしてたら

あっという間に骨だけになるでしょ?

 

(Amazon川にピラニアいたっけ^^;?)

 

つまりね。

感情というのは

人間が生き延びるために

絶対に必要なものなのです。

 

問題は、感情が自然に

湧き上がることじゃなくて

 

その感情が生まれるような

危険な環境にいること。

 

そっちです。

 

トラウマ持ちさんは

ネガティブ感情たっぷりだから

毎日、居心地の悪い感情の中に

どっぷりひたりっぱなし。

 

だから、絶対

その感情を感じたくない!と

思うところまでは正常。

 

普通です。

 

でも、そこで

自分の感情を

何とかしよう!と思うところが

不幸のはじまり。

 

ピラニアの群れに

身を投じる準備を

しているだけでしょ?それ。

 

はい、思い出しましょう。

 

あなたの子供時代の生活の中にいた

ピラニアたちって、誰?

 

何があなたにとっての

ピラニアの群れだった?

 

どんな風に怖かった?

どんな風に不安だった?

どんな風に嫌だった?

どうなって欲しくないと思ってた?

 

で、その不安が

見事に当たっていたのでしょ?

 

怖くて、不安で、痛くて

嫌で、一番なって欲しくない状態に

その出来事の結果が流れたのでしょ?

 

それが、あなたの心に

トラウマを作った原因。

 

反復する脅威経験の連続。

それが、複雑性PTSDの原因です。

 

コロナウイルスに感染したら

どんな症状になるのかを

知っているから予防するのでしょ?

 

でも、その症状の中に

どっぷり浸かっていて

 

毎日メチャクチャしんどいのに

その原因や理由がわからずに

 

闇雲に検索したり

いろんな病名に自分を当てはめて

何とか落ち着きたい

対処法を知りたい

安心したい

楽になりたい!って

 

そう思っているのが

あなたですよね?

 

原因がわからないから

あなたは、より不安。

 

イライラする。

 

で、その感情を消そうと必死。

 

 

あのね。

人間、本当に感情を感じなくなったら

それ、もう死んでますから。

 

だから、あなたは希死念慮が強いのね?

 

感じなくなりたいから。

楽になりたいから。

 

死にたいわけじゃなくて

死んだ方がマシだと思うほど

頭の中

感情と考えがいっぱいで

死にそうに苦しいから。

 

本当に死んだら

これが終わりにできるから

そっちの方が楽だと思いたいし

 

この先、生きていたって

いいことなんて

あると思えないし

 

今更、幸せになったって

失った人生が戻るわけじゃないし。

 

そういうののこと

グリーフ(悲嘆)っていいます。

 

失ったもの

喪失感で死にそうなほど

つらく苦しい状態のこと。

 

グリーフって、そういうこと。

 

だから、私は

グリーフケアをしているのです。

 

ときどき、グリーフケアのことを

ご遺族ケアだと誤解されるけど

 

私、死に対してのケアは

する気ないですから。

 

複雑性PTSDに関する

グリーフケアが私の使命なので。

(使命ってのも大仰だね(°_°))

 

 

お星さまになっちゃったことの

グリーフケアはしません。

 

そんなことしてる人

そこら中にいるんだから

そっちに行ってください。

 

あ、感情の話でしたね。

 

あなたが感情を感じるのは

あなたの脳が正常な証拠です。

 

居心地の良い感情も

居心地の悪い感情も

全部、ただの感情。

 

 

いい感情とか悪い感情とか

そんなカテゴリ分けはナンセンス。

 

誰が良し悪し決めてるの?

 

あなたでしょ?

 

何で?

 

どうして、その感情に

「良い感情」

「悪い感情」って

ラベル貼って歩いてるの?

 

その感情に関連した

ネガティブな過去記憶があるから

「悪い感情」って

勝手に決めているだけでしょ?

 

怒りの感情って

とっても素直な素敵な感情なのに

 

それを封印しようとするのは、なぜ?

 

怒りの感情に関連した

いや〜な過去記憶があるからでしょ?

 

だから、私は

おめでたい奴が大好きなのです。

 

誰にも迷惑かけずに

一人でプンプン、イライラして

自己完結できる人だから。

 

そして、彼がどんなに

プンプン、イライラしていても

干渉せずに、それを受け容れて

認めてくれる

 

気持ちをわかってくれる

素敵な安心・安全な居場所が

その人をあたたかく見守っていることを

その人から信じることができるから。

 

ああ、幸せそうだな。

 

安心して怒ってるわ。

 

そう感じられるから。

 

見ているこっちも安心だし気持ちいい。

 

では、最後に質問です。

 

 

あなたは、誰の前なら

安心して思う存分

イライラ、プリプリできますか?

 

え?いない?

 

だから、あなたは不幸なんです。

 

いないあなたが悪いのじゃなくて

だから、あなたが情けないのじゃなくて

 

あなたを安心させてくれる人が

あなたの周りにいなかった。

 

親を先頭に。

 

だから、あなたは

大人になっても不幸なままなのです。

 

感情の正しい意味。

 

きちんと理解してくださいね。

 

 

 

ご予約・お問い合わせについて

 

事務専任のスタッフに

助けられている今日この頃です。

 

秘書さん雇えるほど

利益をむさぼっていないので

 

全部 自分で

事務処理していた時間が

長かったのですが

 

やっと良い方に出会えました。

 

ボランティアスタッフ

募集して良かったと

つくづく思います。

 

感謝。

 

ということで

 

メールや

お問い合わせフォームの

 

お問い合わせや

ご連絡の際のお願いです。

 

団体のメールアドレス宛に

私やスタッフ個人宛に

 

個人的なご相談やメールを

お送りいただくことがあります。

 

過去は、私が

いちいち対応していましたが

 

 

現在は

いただきましたメールや

お問い合わせは

 

すべて

相談業務担当外の

 

団体の事務スタッフが

確認作業を行っています。

 

このため

他人に

触れて欲しくない個人情報や

個人的なご相談などは

 

送信の際は

くれぐれも

ご注意くださいますよう

お願い申し上げます。

 

 

これ、何度も

メルマガとか記事で

書いてあったと思うのですが

 

コロナ禍の影響で

利用期間が空いてしまっていた

利用者の方には

情報が行き届いていなかったようで

 

読んでいないのね?

やっぱり、と

 

ま、それもトラウマ症状のひとつ。

 

つら過ぎて

集中力が落ちてしまうという

自然現象だから仕方ないです。

 

なので、事務スタッフ

ボランティアさん

お願いすることにしたので。

 

 

ご相談に関しましては

 

個人相談、講座、茶話会

プライベートカフェを

ご利用ください。

 

事務スタッフからのお返事は

事務連絡のみとなります。

 

 

 

複雑なご質問に関しましては

お電話でご連絡ください。

 

団体には

常駐スタッフがおりませんので

電話は常に留守電になっています

 

留守電にメッセージを

いただきましたら

 

担当から

ご連絡させていただきます。

 

留守電にメッセージのない

着信履歴へのお返事は

 

利用者さまの

生活上の安全への配慮から

行っておりません。

 

皆さまのご理解

ご協力をお願い申し上げます。

メールが「長い・くどい・頻繁な相手」とは今すぐソーシャルディスタンスを

 

表題のような相手。

今すぐ

関係を見直しましょう。

 

長い

くどい

頻繁なメールや

LINEを送りつけてくるということは

 

その人は

あなたに

「理解して欲しい欲」が

満々です。

 

その人は、

承認欲求の権化なので

 

あなたにとっては

相当な

迷惑行為になっているはずです。

 

世間では、そういう状態を

ボーダー扱いすることもありますが

 

その状態は

複雑性PTSDの症状の一種です。

 

そして、あなた自身も

複雑性PTSDや

アダルトチルドレンや

HSPなどで

悩んでいるのなら

 

「拒絶したら気の毒」だと

思っているのかもしれません。

 

応えてあげられない自分が

悪いのだと勘違いを

しているのかもしれません。

 

 

そもそも考えてみましょう。

 

なぜ、あなたに

長々とメールを書いてくるのか?

 

わかって欲しい気持ちの強さと

メールの長さは比例します。

 

そして、書いた人は

自分が書いた内容すべてを

あなたが理解してくれている前提で

次のメールを送りつけてきます。

 

それは、あなたの中で

ストレスやプレッシャーに

なるだけで

 

あなたの状態を

より悪化させるだけの

無駄な対応です。

 

そのことによって

相手は、どんどん

あなたに期待するようになり

 

逃げられない状態まで

追い込まれてしまいます。

 

そして、もう無理だと

あなたが感じ始めると

 

「そんな人だと思わなかった!」

「裏切られた!」と

猛烈な勢いで

バッシングが始まります。

 

 

私たち支援者は

毎日、こうした対応の

繰り返しの中にいます。

 

そして、相互の安全を確保するために

心理的なソーシャルディスタンス

 

心の境界線を

常に確認しながら援助をしています。

 

人の事情に触れて

心が揺らぐのは

 

優しさからなのか

自分のトラウマが

刺激された結果なのか

 

それは、自分の中に

どのようなトラウマが

潜んでいるのかを

 

きちんと把握していないと

線引きは難しくなります。

 

人との距離感がわからない人は

この境界線(ボーダーライン)が

非常に曖昧です。

 

どこまでなら

入ってきてもOKか?

 

どこまでは

これ以上、入って欲しくないか?

 

心理的な境界線を決められないのは

あなたが、虐待被害者で

 

親に、たびたび

境界線を侵害されていたために

 

嫌悪感を感じても

Noということに

罪悪感を覚えるように

思考パターンが育っているから。

 

それは、虐待被害の

後遺症です。

 

自分を守るための境界線は

毎日、その距離は変化します。

 

状況に応じて

距離は、近づいたり

離れたりするのです。

 

ボーダーラインの距離は

固定ではありません。

 

その調節を

上手にできる人が

対人関係の上手な人です。

 

イヤならイヤだと

ハッキリいいましょう。

 

「イヤだイヤだも好きのうち」というのは

レイプ犯のセリフです。

 

あなたは、いつまで

相手からハラスメント被害を

受け入れてるのですか?

 

意思表示することは

自分の尊厳を守ること。

 

それができない人は

相談してください。

 

一緒に考えていきましょう。

 

 

オススメの虐待被害・実話映画3点

最近、映画館で

映画を観ることが減った分

 

自宅で観ることが増えて

 

たまに、まとめて

オススメの映画などを

紹介してみたくなります。

 

すべて実話がベースの

虐待被害映画を3点ほど。

 

To Live againは、

16年間、実の母親に

自宅に監禁された女性の話。

 

鍵のかかった不衛生な環境で

16年間監禁生活を強いられたため

PTSD(心的外傷後ストレス障害)となった彼女は

 

そのPTSD症状を分裂症(現在の統合失調症)と誤診され

薬漬けにされて廃人同様に扱われていたところを

 

一人のソーシャルワーカーに保護されて人生を取り戻す話。

 

「トー・リブ・アゲイン」
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B079SMYV5Q/ref=atv_dp_share_r_em_30b327e5f8d74

 

プレシャスは、母親の交際相手にレイプされ

二人の子供を産むことになった

高校生の女の子の話。

 

レイプされはじめたのは、幼い頃。

彼女は、被害の中

解離することで身を守っていた

典型的な性虐待被害を

 

映画表現なので、当たり障りのない

無難な形でまとめたもの。

 

この映画作品を観て

すげー、オブラートに包んだ話。

 

実際は、もっと過酷と思った人は

それなりに性虐待被害について知識のある人。

「プレシャス」
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0178MYSDW/ref=atv_dp_share_r_em_4a58e0b9a17e4

 

 

スポットライト・世紀のスクープは

カトリックの神父達が

信者の少年たちに対して

性虐待を繰り返していた事実を

スクープ報道した取材チームの話。

 

児童性愛者(ペドフィリア)は

海外だけでなく日本でも

かなり存在する。

 

実際のところ

あの有名な源氏物語でも

 

光源氏のペドフィリアぶりは

堂々と示されているのに

 

あれを文学だと受け取る

日本人の倒錯っぷりも、大したものだと思う。

 


「スポットライト 奇跡のスクープ」
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B01KNO60YW/ref=atv_dp_share_r_em_bbaf72b6cae74

 

 

今回紹介した作品3点は

実際の性被害シーンは出てこないので

 

この紹介記事に

それを期待している児童ポルノ好きは

心の底から恥じてください。

 

そうした人たちは

公衆の面前で

くわえさせられる経験でもすれば

 

少しは被害について

実感できるかもしれない。

 

 

時間のあるときに、どうぞ。

 

バッドエンドではないけど

けっこう胸糞悪くなる映画です。

あなたには絶対にできない心を埋めるとても簡単な方法

 

何でもかんでも

考えて解決しようとするのが

人間のあさはかさというか

悲しいところです。

 

悩むということは

考えているということ。

 

それが、そもそもの間違いです。

 

なぜなら

複雑性PTSDというトラウマは

 

脳内の生体反応なので

人間が意思や理性の力で

考えてコントロールできることではないから。

 

あなたがしていることは

ムダな努力。

 

それを前置きとして

これからの記事を

読んでみてください。

 

 

人間の生態系を考えてみましょう。

 

人間という動物は

単独(一匹)で

生命維持をすることができません。

 

人間という動物は

群れ(集団)の中に属することで

安心感を得ることができます。

 

これは、集団で狩りをしたり

作物を収穫したり

子育てをすることで

 

種の保存を継続してきた

人類の進化の歴史があります。

 

ですから人間の脳(本能)は

自分が何かしらの集団に属していないことに

本能のレベルで不安を感じるように

脳の思考構造がシステムされています。

 

孤独が不安になるのは

どこにも属していないと

誰にも守ってもらえない

潜在的な恐怖感が刺激されるから。

 

これが、孤独が居心地が悪い

根源的な理由です。

 

 

人間は、集団に属している

自分に安心するために

ある行為・行動をします。

 

それが「集団への貢献」です。

 

その集団に対して

役に立つ自分を示すことで

その集団に「居て欲しい」と

思わせること。

 

必要とされること。

集団から自分への「価値」を

感じてもらうこと。

 

この意識のことを

「帰属感」といいます。

 

属していること

メンバーであることに

お互いに必要としあっている

安心や安全を共有し合います。

 

これが、共感や協働に

つながっていきます。

 

人間は、自分が属している

集団の中で

 

他のメンバーが

自分への価値を感じてくれていないと

猛烈に不安になります。

 

集団から排除される恐怖に

さらされるからです。

 

集団から排除されるということは

命の危険につながります。

 

これが、あなたが

日頃から感じている

 

孤独

浮いている自分

疎外感

自分への価値

劣等感

焦燥感

怒り

などの感情

つまり対人不安の根源です。

 

人間は、集団のメンバーである自分を

感じることができないと

 

生存本能レベルで

不安になる生き物なのです。

 

この状態は

考えてコントロールすることは不可能です。

 

そして、あなたが

「そんな集団のメンバーになど

なりたくもない!」と考えている

集団というのは

 

あなたにとって

必要度と危険度が高い場であることが

ほとんどのはずです。

 

家族

家庭

職場

血縁など。

 

そこに属しているメンバーであることに

自分の中で

納得のいく価値を感じられないために

あなたは、イライラしています。

 

「あんなクズ家族のメンバーで居たくない!」

「あんな親の子供で居たくない!」

「あんな夫の妻で居たくない!」

 

あなたが、なぜつらいのか?というと

「どれほど貢献しても

属している集団に

認めてもらえないから」

 

どんなに努力をしても

もっともっと!と

底無しに

求められている気がするからです。

 

育児ノイローゼになる母親が

なぜ、悩み苦しんでいるのか?というと

子供の生存本能からの要求は

底無しです。

 

大人のように忖度はありません。

 

相手の状況などお構いなしに

自分の生きるための要求を

ストレートにぶつけてきます。

 

もともと、相手の要求に

応えることで

自分の立ち位置を守り続けてきた

 

虐待被害者だった

アダルトチルドレンや

複雑性PTSDなどの

トラウマに悩んでいる人は

 

相手の応えることが

自分の存在表明で

帰属への価値であると

誤った価値観が育っているため

 

ひたすら相手の要求に対して

応え続けます。

 

そして、突然

限界に達してキレます。

 

その瞬間が

子供を虐待している

母親の姿です。

 

母親が育児で悩むのは

エンドレスで子供の要求に応え続けても

何の安心感も得られないからです。

 

 

自分が、どれほど

努力をしても報われない

(相手に満足してもらえない)と

どんな人でも不安になるし

自信を失っていきます。

 

それが、あなたが

自分に対して

自己肯定感が低いと

感じている状態です。

 

あなたは、人の要求に

応えることでしか

自分の価値を表現できない。

 

だから、応えられないと

不安になるし

劣等感に苦しむのです。

 

社会に貢献できていないと

社会が恐ろしくなり

引きこもりになるのは

 

脳のシステムで考えれば

ただの自然現象です。

 

誰が悪いわけでもありません。

 

あなたが

「貢献しなければならない!」と

頑なに信じ込んでいるだけです。

 

役立たずな人間。

価値のない人間。

 

それが、あなたが

自分に対して行っている

ジャッジメントです。

 

 

貢献する相手は自分で選ぶ。

 

恋人に何かしてあげたときに

相手が喜んでいる姿が嬉しいのは

貢献が報われたからです。

 

母親が、何でもかんでも

子供の生活に介入して

干渉したがるのは

 

子供にとって

自分が必要な存在だと信じたいから。

 

自分の子供への貢献こそ

自分の存在価値であると

勝手に思い込んでいるから。

 

 

極端な言い方になりますが

親の役目というのは

子供を産んだ瞬間で

ほぼ完了しています。

 

そこから先は

子供が自分で生き延びれば良い話で

親が干渉する必要などありません。

 

見守ることと保護すること。

 

それ以外、親にできることも

して良いこともありません。

 

子離れができない親の特徴は

自分の価値を

子供を通してしか感じられない

自分の存在意味(アイデンティティー)が

健全に統合完了できていないこと。

 

そんなことです。

 

 

では、あなたが

埋まらない寂しさを

どうしたら埋められるのか?

 

答えは簡単です。

 

 

「貢献すれば良い」

 

それだけです。

 

あなたは

人の役に立つとか

貢献するの意味を

完璧に誤解しています。

 

評価されなければ

貢献の意味がないと思っています。

 

評価というのは

帰属感を安心させてくれる

「居ていいよ」という

条件付きの許可のこと。

 

それは、ただの奉仕で

貢献ではありません。

 

わかりやすくいうなら

「自己犠牲」です。

 

貢献というのは

自分にとって

その行為は価値あるものであると

自分の中で信じることができること。

 

そして、それを納得ずくで

行っていることです。

 

メンタルを病んでいる人が

心理カウンセラーになりたがったり

社会的な支援者の立場に

なりたがるのが定石なのは

ここに理由があります。

 

心が埋まらない人ほど

他者に貢献したがるから。

 

自分の空虚さを埋めるために

心理相談をしている

回復途上者は大勢います。

 

その良し悪しはいいません。

 

回復途上の人間が

まだ回復できていない人を

サポートしながら

お互いに回復していくことを

 

自助(セルフヘルプ)といいます。

 

AA(アルコホリックアノニマスの略)

のように

アルコール依存から回復途上の人が

依存症の人のサポーターとして

共に活動する心理支援の歴史は

とても長い実績があります。

 

ですから、途上の人間が

未回復の人間に対して

サポートをすること自体は

間違いではありませんが

 

問題は、自覚なく

貢献の押し売りをしていること。

 

そして、それが

相手のためではなく

自分のための貢献行為だということに

気づいていないこと。

 

カウンセリングの場で起きる

典型的な二次被害は

ここから起きていることが

ほとんどです。

 

 

虐待被害で苦しんできた人は

人への奉仕に疲弊しているので

 

他者への貢献と言われただけで

拒絶反応を示すし

そんなことなら一人の方がマシと

結論に飛躍して引きこもります。

 

これが、あなたが

簡単なのに絶対にできない

回復するための方法です。

 

あなたにできる

納得のいく貢献は何ですか?

 

対象者がいなくては

貢献はできないものですか?

 

ここから先は

やっと頭を使うところです。

 

あなたについての

「貢献することの意味」を

ゆっくり考えてみてくださいね。

 

 

 

子供思いの親の子ほど人として出来が悪い理由*虐待のもう一つの側面

 

先に結論からお話ししましょう。

 

子供思いで、子供の心配に熱心で

毎日、子供のために生きている親の子ほど

折れやすく、人として不出来です。

 

その理由は、

そう言う育てられ方をした子供は

「自己意思決定への不安や不信」の塊だから。

 

自己肯定感が低い子

というと

わかりやすいでしょうか?

 

人生、何も問題なく生きてきて

就活で折れて以降

引きこもり社会人になる学生が

典型的な例かもしれません。

 

 

人間が、なぜ

人として成長できるのか?というと

「失敗の中で学ぶから」です。

 

自分が考えて出した判断が

どのような結果を産むか?

 

それを見極めて見定めて

次に備えることが

「人生経験を積む」ということ。

 

「学ぶ」ということです。

 

ところが、子供のことが

心配でたまらない親は

 

どんどん先回りして

子供の人生の中の

障害物を排除してしまいます。

 

子供が学ぶ貴重な失敗を

奪ってしまうのです。

 

その結果

子供は、自分でものごとの判断が

できなくなります。

 

何を根拠に

何を基準に

ものごとを判断すれば良いのか

わからなくなります。

 

そして、出来上がるのは

無気力でやる気のない

 

優柔不断な現実逃避しかできない

対人不安の塊の劣等感の塊です。

 

 

彼らが唯一できることは

死ぬまで親を恨むことくらいでしょう。

 

自分から

あらゆる機会やチャンスを奪い続けた

親への恨みや憎しみを

親にぶつけ続けることくらいでしょう。

 

「お前のせいだ!」

「謝れ!」

「詫びろ!」

「賠償金払え!」

 

納得がいかない人生の中で

子供に言えるのは

せいぜい、それくらいのものです。

 

 

では、どういう親が

良い親なのでしょうか?

 

良い親の条件は

たったひとつ。

 

子供の失敗を

寛容に受け取れる親

 

 

それだけです。

 

親は、子供が失敗すると

あたかも自分のことのように

 

オタオタ、ヒヤヒヤして

取り乱して興奮して

パニックになり

 

その感情を

そのまま、子供にぶつけてしまいます。

 

「どうして、親の言う通りにしなかったの!」

といった具合にです。

 

でも、親の言う通りにした結果でも

なぜか、親の判断に従わなかったと

責められるのも常です。

 

子供は、混乱します。

 

親が決めた通りにしても

親が決めたこと以外のことをしても

 

どちらも結果だけを判断材料にして

「お前が悪い!」と責められる。

 

 

親は、子供の人生の中での

あらゆる経験を

 

高みから悠然と

冷静に見守ることができなければ

親として存在する意味はありません。

 

「親」という漢字を

よく みてみてください。

 

の上にってる」と書きますね?

 

親は、愛情を持って

適切に子供を見守ることが仕事。

 

口を出したり、先回りしたり

根回ししたり

障害物を排除するのは

ただの人生の学びへの妨害行為です。

 

子供が自分の人生の中で

納得のいく

最善の判断をする機会を

強奪し続けてしまうのです。

 

 

そんな親は

子供の人生の中で

邪魔なだけです。

 

 

自称子供思いの親ほど

子供をダメにします。

 

そうした親の行為を

「過干渉」といいます。

 

過干渉は

れっきとした虐待行為です。

 

子供の自主性と個性という

尊厳を奪う人権侵害です。

 

子供のあり方

そのものに対する

存在否定です。

 

許されない行為です。

 

 

 

どこまで子供の人生に

介入すれば気が済むのか?

 

どこまで子供の人生を

自分の思い通りにしようとするのか?

 

それは、愛情ではなく

妨害行為です。

 

子供の失敗に触れて

傷つきたくない

身勝手な親の自己防衛反応です。

 

もし、自分が

子供の人生に介入し過ぎて

境界線が曖昧になっていると感じたら

 

冷静に思い出してみてください。

 

あなたは、子供の姿に

自分の過去のトラウマを重ねて

勝手に傷ついているだけです。

 

それは、子供自身の傷つきではなく

親自身の問題。

親が勝手に負っている傷つきです。

 

そう言う親は

いずれ、子供から

 

毒親と呼ばれるようになり

殺意を持たれるようになります。

 

 

子供には子供の人生があります。

 

それを寛容に

見守ることができないのなら

 

子供の心配より先に

自分の心の処理をすることを

考えなければなりません。

 

自分の姿に

気付けるかどうか。

 

それが、親の本当の意味での

真の親らしさ

 

良い親としてのあり方です。

 

あなたは、

そして

あなたの親は

いかがですか?