「どうしてわかってくれないんだろう」と悲しくなる理由

こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

帰りの電車の中で、
流れて行く窓の外の景色をボンヤリ見ながら
「やっぱり、行かなきゃ良かった。。」と
ひとりで寂しくなった経験はありませんか。

せっかく、自分に無理をして
友達を作ろうと出かけた
SNSで見つけたランチセミナーで
とても寂しい思いをしてしまった。

対人恐怖症かもしれないと思う自分を
必死で はげまして参加してみたのに。

人は、誰でも 自分が持っている先入観で話をします。

傷付くのは、相手が先入観で話をするから。

相手の人達は、あなたのことを
それまでの過去の経験から
「この人は、こういう人で、こういうタイプの人だ」
勝手に判断して(決めつけて)話して来たのではありませんか?

あなたのことを
本来のあなたとは違うキャラクター(人格)の人だと
勝手に、自分の持っている人格カードの中の1枚に当てはめて
それに見合うような態度を取られたのではありませんか?

実は、プロのカウンセラーでも
この「先入観」を消して相手の話を聴くというのは
大変な訓練と努力が必要な ムズカシイことなのです。

それでは、どうしたら良いですか?というと
初対面の人に
いきなり、自分についてわかってください、というのは
なかなかムズカシイことです。

とりあえずの対処方法としては
「そう見られたいイメージの外見を作る」ことでしょうか。

女性なら、服装やメイクのイメージで
かなり印象を変えることができます。

また、着ている服や持ち物の色だけでも
相手の印象・イメージを変えることができます。

そして、もうひとつ。
具体的に
・相手のどんな言葉、どんな態度が寂しいと感じたか

・相手のどんな言葉、どんな態度が不快だと感じたか


そのときのことを、ちょっと思い出してメモ
してみましょう。

それを続けてみると
自分が、どんなことに傷付きやすい人なのかが
わかるようになります。

そうしたら、それを回避する方法を考えてみる
というのも、ひとつの方法になりますね。

大丈夫ですよ。
今日は寂しい思いをして悲しかったけど
それでもガンバって出かけられた自分を
思いっ切り ほめてあげましょうね ^^

では、今夜は これで。

今日も一日 お疲れさまでした。  おやすみなさい(^_^)/~

「おひとりさま」と「大人ぼっち」の違い

こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

今日も、ネットの世界の中に いらっしゃいますね ^^
そろそろ そういう気分の時間でしょうか。

「ひとり」で居れば
わずらわしい社交辞令の必要もないし
イヤな思いもせずに済むし

くだらない対人ストレスからも
解放されているハズなのに

このモヤモヤした寂しさは、いったい何だろう?

たまに、、そう思うことって、ありますね。

そういうときは、ついつい意味もなく
スマホとかPCとか、見ていたり。


私も、ほんのちょっと前までは そうでした。

でも 今、

「由絵さんは、100% 大人ぼっち生活を 満喫できていますか?」

と 質問されたら、

私は、

「はい。もちろんです

と、即答できます。

私は このブログの中では
「おひとりさま」 と 「大人ぼっち」
切り離して、別のものとして考えています。

・(右)「おひとりさま」 = 物理的に「一人」の状態。
例:未婚、パートナーがいない、自ら進んで単独行動中、などなど

・(右)「大人ぼっち」 = 精神的に「独り」の状態。
例:家族に囲まれていても寂しい、本当の友達・友人と呼べる人がいない、
    知り合いは大勢いるのに、、、などなど

「大人ぼっち」は、
自ら進んで、なりたくて なったワケじゃない 

そこが、「おひとりさま」とは違う。

そんな線引きで、お話を進めさせていただきたいと思います。

では、今日は これで。

今日も 一日 お疲れさまでした。 おやすみなさい(^_^)/~

大人ぼっちは「手帳に書くことがない!」*買ってしまった手帳をムダにしない方法

こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

ゴールデンウイークが終わってから
10日ほど過ぎましたが
最近、手帳を開いていますか?

私は、何年もの間
手帳を使いませんでした。

「だって、便利なアプリがあるし~ ^^」
って、そういう話ではありません(笑)

手帳を使わない理由。
理由は簡単。

「手帳に書くことがない」から

仕事をしていれば、
それなりに書くことがあるかもしれない。

でも、私は それがありませんでした。

そして あるとき、手帳を見ていて
ふと気付くと、
「自分の手帳なのに、自分の予定が ひとつもない
ことに、気が付きました。

家族の予定や
家事関係のことが ほどんど。。

そうしたら、もう
なんだか 手帳を見るのがイヤになってしまったんですよね。

「どうせ、手帳に書くことなんて何もないよ。。」ってね。
手帳に 何も書くことがないワタシ。(_ _。)

「じゃあ、ダイエットの記録帳にしようかな?」と思って
レコーディングダイエットで使ってみました。
体重とか、体脂肪率とか書き込んで。

でも、あんまり減らないし
手帳=ストレス 
いつの間にか
触らなくなってしまいました。

そして、せっかく決めたことなのに
キチンと続けられない自分に自己嫌悪してみたり、、


「もう手帳なんて買うのやめよう もったいない
何度も、そう思うけど

かわいい手帳とか、素敵な手帳を見つけると
ついつい買ってしまって
「インテリアに良いかな 
と、訳の分からない使い方(飾り方^^;?)
になってしまったりとか。。

何年も、そんなことを繰り返しているうちに
出会った方法があります。

「手帳を日記にする

そんなこと、何を今さらと言われそうですが

書き方・使い方にポイントがあります

それは 「その日に感じたことを、一言だけ書く」 です。

書き方のポイントは

バツ 「その日に あった出来事を書く」 のではなく

まる 「その日に 感じたことを書く」 です。

例えば、

☓ 「今日は、○○セミナーに参加した」
☓ 「今日は、△△カフェに行った」

ではなく

「今日の○○セミナーは、楽しかった」
「今日の△△カフェは、イマイチだった」

こんな具合です。

そうすると、不思議なことに
気分がスッキリする
のです

もし、使っていない手帳があったら
試しに 2~3日でも やってみてくださいね。

きっと、効果がありますよ (*^o^*)/

「大人ぼっち」が本当に見たい記事が何も流れて来ないFacebook


こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

私は、Facebookのアカウントを4個くらい使っています。
複アカも いいところですが
それぞれ用途や立場によって使い分けています。

そして、それぞれのアカウントごとに
登録する友達をカテゴリ分けしています。

理由は、ストレスの元を作らないため。

私は、基本的に
 「コーチング」とか 「メンタルトレーニング」とか
そういうもの、そういうことをされるのは
大嫌いな性格です。

なんというか、うっとおしいんですよね
余計なお世話、というか
暑苦しいわ、、(-_-;) というか。。

「放っといて」と 思います。

ニガテ、なんですね。

なんとなく気晴らしで Facebookを開くと

誰かの 「ごちそう食べてきました自慢」の
写真がアップされていて

なんだか知らない人達が
その友達とタグ付けされていて

違う記事を見ると
集客屋さんが、「ブログアップしました」とか
「セミナーが盛り上がりました」とか

ど~でもいい記事の中に
友達登録した人が
笑顔で、写真に写っていたりとか

そういう めんどう臭い記事が
タイムラインに流れてこないように
片っぱしから非表示設定を入れていたら

あとは、お店のクーポンと
SALE情報しか流れて来なくなっていて

「なんなんだ」と アホらしくなって

そのうちに気が付くと
いつの間にか、Amazonを開いていて

そんなに必要もない本とか
割引になっていた訳ありお買い得品とか
ポチってる。。shokopon

そんな生活。。

Facebookの中って
「自分大好きっ子」 と 「起業家支援屋」しか
居ないのか( ̄∇ ̄)?と。

そういう気がしているのは
私だけでしょうか^^;

ポジティブの押し売りされてるようで
ウンザリだな、、と。

そういう気がしてしまうのは
私だけでしょうか^^;?

だってね。。
「Facebookは、メッセージ機能とか便利だよ^^」と 言われても
「友達いないのに、そういうの使わないでしょ^^;?」


そんなに面白くないなら
止めればいいんだ┐( ̄ヘ ̄)┌ということで

本当にFacebookをヤメてしまったことが
数えきれないほどあります。(;^_^A

そのたびに、せっかく友達になった人
ぜ~~んぶリセット(><;)

何やってるんだろうって
そのたびに、自己嫌悪。

だけど、どこかで
ホッとしている自分もいました。

「ああ、なんか。 楽だな」って。

他人に「いいね!」してるヒマがあったら、、
なんてCMが、ありましたね(笑)


思い切って
ヤメちゃうのは無理としても

「利用お休み宣言」してみる 
意外と、楽になれたりしますよ。

無理なガマンをしていても
楽しくないですしね ^^

いちいち弁解するのも面倒くさい*ご近所の誤解

こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

我が家のオンボロ玄関ドアは、暖かくなってくると
開閉がスムーズに行かなくなり

「ドタ~んっと、
もの凄い音を立てて閉まります。

。。というか、閉まらなくなります(汗)

以前、我が家の前で、ご近所の奥さま同士が
楽しそうに、立ち話をしておられました。

が、私は それに気付かず
いつものように 玄関ドアを閉めてしまい

「バタ~~~ん

。。。そうしたら、しばらくたってから

立ち話をしていたご近所の奥さま  「これ、いただき物なんですけど、よろしかったら。。(;^_^A」

ワタシ  「えっ(・・;) あ、ごちそうさまです。。 たけのこ、大好きですヽ(;´ω`)ノ」

ハッキリいって、私は この奥さまと、まったく親しくありません。
というよりも、たまたま会った時に、ごあいさつをする程度です。

でも、立ち話をしていた ご近所奥さま同士は
けっこう仲良し。

なので、気がとがめたようなんですね。。

私の態度が、
「何よ、何十年も すぐ近所に住んでるのに
私とは話もせず、
いつも のけ者扱いしているくせに ( ̄^ ̄)

と感じてしまったらしいのです。

ああ、面倒くさい 

たけのこを受け取った時に
「あ、スミマセン。ウチのドア、オンボロで。。」とか
余計な弁解をするのも面倒くさい


それに、そういうことを言うと
その奥さまが、「気がとがめて たけのこを持ってきた」と
こちらの方から 決めてしまうことになる

ゴメンナサイ、私 本当に人付き合いがニガテなもので。
ご近所の方と、どう お付き合いしたら良いのか
わからないんです。

何十年も、友達皆無で生きてきたもので。。

もう、グリングリンと
いろんなことが頭に浮かんでくるんですね。

でもね、ちょっとストップ

本当に、そうなのかな 
考え過ぎなんじゃないのかな

もし、考え過ぎじゃなくて
それが事実だったとしても
いいんですよ。
くださるというのなら、喜んでいただけばね^^

頭の中で考えていることよりも
今、目の前にあること
その事実だけが、本当の事実なんですから。

こういうときね、ポチンと
話を聞いてくれる人がいたりしたら
それだけで気が晴れるんだけど

「ぼっち」さんには、それが
いないんですよね。。(>_<)

で、たけのこですか?
もちろん 美味しくいただきましたww

旬の食材は、やっぱり美味しいですよね

私の友達はブログだった(1)

こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

私は、友達ゼロ人生だったとき
ずっと ブログを書き続けていました。

誰かに読んでもらう、というよりも
毎日の気持ちを日記代わりに書いていました。

最初に書き始めたのは、15年くらい前の
Yahoo!ブログです。

その頃、私は悩み事があって
ツラいことや悲しいことがあると
そのブログに自分の気持ちを書き記していました。

誰も読んでくれなくても
もし、誰かが読んでくれて
私の気持ちを知ってくれたら、
それだけでも救われるような気がしていたのです。

ところが、ある日
突然、ものすごいアクセスが集まるようになりました。

今まで、私以外 誰も見ていなかったブログに、です。

アクセスをたどってみて、分かりました。

私のブログが、2ちゃんねるにリンクされていたのです。。

そこには、恐ろしいほどの
私のブログへの誹謗中傷が書き込まれていて

いったい、どこで どうして
誰が、こんなことをしたのだろうと恐ろしくなり
眠れない日々を過ごすようになりました。

そして、その掲示板の中は
「このブログのヌシさんをリアルでつきとめよう」
という流れになっていました。

友達が1人もいない私にとって
唯一の心の支えだったブログは
私にとっては「心の中の聖域」でした。

そして、書いた内容は
理解を得られるどころか、誹謗中傷の的になっていて

そこから、私のうつ病は
一気に下降線をたどり
周囲が気が付いた時には

私は、自殺行為を繰り返し
何年もの間、
精神病院への入退院を繰り返しました。

「誰も わかってくれない」という絶望感は
とても言葉にできるものではなく

すべては、自分へと向けられていました。

ずっと後になって
「秋葉原事件」を ニュースで見たときに
そのときの、追い詰められた犯人の気持ちが
わかるような気がしました。

あれから、何年も経って
私は、今でも 数件のブログを書いています。
今でもブログは、私にとって 唯一の話し相手で

大勢の人の中にいるよりも
ひとりで静かな場所にいる方が
私にはあっているし、好きな時間の過ごし方です。

一度は、
「わかってくれる人が誰もいない」という
地獄の中を這いまわっていた時期もありましたが

そこを くぐることは
私にとっては
必要なことだったのかもしれないな、と思います。

だからこそ、こうして
「ひとりぼっち」で
つらい思いをしている方々のカウンセラーとして、
生きていくことを選べたのですから。

いまは、ツラくても
必ず楽になるときが来ます。

焦らずに、ゆっくりと進みましょう。

お母さん、その心配って焦点がズレてませんか^^;?

こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

先日、あるイベントに お邪魔してきました。

ものすごい盛況ぶりで
私は、ある方とお話するために3時間半待ちました(笑)

すっごいですね。大人気でした。

雨がパラパラと降っていたので
会場のロビーで、そのまま本を読んで待っていたのですが
そこに居たお母さん同士の会話が聞こえてきて

「。。。(・。・;」と思いました。

小さな赤ちゃんに離乳食を食べさせながら
お母さん同士が会話していたのですが

ママA 「ウチの近所だとね、B中学になっちゃうのよ~。公立、そこしかなくてね~」

ママB 「そっか~。でも、いいよね~。ウチの近所なんて公立ムリだもん」

ママA 「私立Cとか、私立Yとか、いろいろあるけどさ~。ウチの子だとね~」

ママB 「そうなのかな~~(笑)」

まあ、他愛のない世間話なのですが

「お母さん、なんとなく話の焦点がズレてないか?」と

私は、勝手に思ってしまったのです。

親の希望した学校に、子供が行けるかどうかより

親が子供に何を望むかより

子供が将来に、どう夢を持てるか

その夢のために、応援できる基盤を作るのが

親の役割ではないのかね^^;?と。。。

この会話の流れが

「親の希望が叶うことが子供の幸せ」という

妙な図式になってる気がする~~と思うのは

私だけ~~~なのかな~~(*_*)??

何も知らずに、離乳食をハムハム食べていた

あの、あどけないボクちゃんの将来に

ふと、一抹の心配を持ってしまった

思いっ切り、よけいな おせっかいオバサンだったワタクシでした。。

(もちろん、黙って読みかけの本を読んでいましたがww)

。。耳だけ、ダンボでした (表現が昭和でゴメンナサイ^^;)

親なんて、、、!!!って思っていても

いざ、自分が親になってみると

似たようなことを

考えたりしたりしてしまうっていうのは

親という生きものの性(さが)なのでしょうか。。。

う~~~ん(´・ω・`)

では、また(^_^)/~

・ 認知行動療法セッションが効果的な方・

アダルトチルドレン、うつ病、対人恐怖症、人間不信

パニック障害、PTSD、引きこもり、不登校、トラウマ毒親、毒母、母娘問題 など。

無意識ってコワい 「自動思考」って何?あなたのストレスを作っている思考パターン

こんばんは。加納由絵です。

さて。
前の記事(「認知療法」「認知行動療法」って何?)で お話していた「自動思考」についてです。

ひとことで言ってしまうと、この「自動思考」というのは
人が持っている「考え方・感じ方のパターンのこと」です。

同じ現実に直面しても、それに対する感じ方・考え方は 人によって、それぞれ違います。

よく「楽天家だから」とか、「脳天気だから」とか、「あの人は生真面目だから」とか
いろいろといわれることがありますが

人には、それぞれに現実を その人なりに どう受けとめるか、という「認知」の流れに、
固有のパターンが出来上がっているのです。

たとえば、いつもいつも お母さんから叱られてばかりいる子が
大きな声でお母さんから名前を呼ばれたとします。
こんな時、呼ばれた子供は 「また、お母さんに叱られる」と感じて
身構えたり憂鬱になったりするかもしれません。

でも、それは この子が、それまでの経験から勝手に想像したことであって
必ずしも、これから起こる現実そのものには当てはまらないかも知れないのです。

お母さんが、この子を大きな声で呼んだのは、
お友達が遊びに来たからかも知れないし
お母さんが何か手伝って欲しかっただけなのかも知れません。

それなのに、この子は 「また、お母さんに叱られる」と、咄嗟に感じてしまった。

このように、何か出来事に出合ったとき、
無意識に頭に浮かぶ「考え」(認知)のことを「自動思考」といいます

その「自動思考」のパターンは、あなたにストレスを与えるような方向を向いていませんか?

この「自動思考」は、そこから生まれた考えや感じ方によって、
そのあとの あなたの気分や行動をあなた自身に判断させて実行させているのです。
そして、それを無意識に決めて、無意識に実行して、ストレスを作って感じてしまっているのは
実は、自分自身、、ということになってきます。

それでは、この「自動思考」と、どう付き合っていけば良いのでしょうか?

それについては、また改めてお話したいと思います。

認知行動療法とは?

「認知療法」「認知行動療法」は、何か困ったことに直面したときに
本来持っていた自分の「心の力」を取り戻し
さらに 心を強くすることで、困難を乗り越えていけるような力を育てる方法として
今、もっとも注目を集めている精神療法です。

これは1970年代に、アメリカのアーロン・ベック氏によって提唱され
日本では2010年4月から正式な保険診療対象のカウンセリング療法として導入されました。
つまり、医師や医療機関で、この「認知療法」「認知行動療法」のカウンセリング治療を受けると
健康保険が適用される、ということです。

何かあったとき、その現実を「どう感じるか」「どう受けとめるか」「どう見るか」を「認知」といいます。
どう感じて、どう受け止めて、どう考えたかで、そこから生まれる感情・考え方・行動など
意志の決定の仕方が、人それぞれに変わってきます。
人は、ものごとを下の図のように心の中で処理しているのです。

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人間は、日々の生活の中で、毎日 大小2万回以上もの
さまざまな意思決定をし続けて生きています。
仕事などでの大きな決定・決断から、あと1回噛んだら飲み込もうとか、ですね。

その気の遠くなりそうな毎日の決定・決断の積み重ねの中で
人には、その人なりの「考え方のクセ」が生まれてきます。

これを「自動思考」といいます。

「自動思考」については、また改めてお話させていただきます。

この「考え方のクセ」を治療していくカウンセリング療法が「認知行動療法」です。

「認知行動療法」は、これまでにない とても治癒率の高いカウンセリング療法です。

今までのツラさから解放されて、すてきな笑顔で毎日が過ごせますように

お手伝いさせていただきます。